「…意味わかんね。」





何で…こうなっちゃうんだろう。

こんなつもりじゃなかったのに。







君のペースが私のペース







ピーンポーン



家のチャイムが鳴り響く。

私は誰かも確認しないで一目散に玄関へと急ぎ、鍵を開けた。

すると私が開けるよりも先にドアノブが動いてドアが勝手に開いた。

遠慮も何にもない奴…。





「さっみー!早くコタツ入れろい!」

「…第一声に他はないの?」

「いいから寒い!ドア閉めて早く来い!」





何て勝手な人間なんだろう。

お邪魔しますも何もなしにさっさと私の横を通り過ぎて部屋の奥にあるコタツ目掛けて早歩き。

そんな自分の彼氏を横目で追いながら私は呆れてモノも言えず、溜め息が小さく零れた。





「あー全然温くならね。」

「だって今コタツ入れたばっかだし。そりゃあねぇ。」

「俺が来るの判ってたらもっと早くに入れとけよ!気がきかねぇ奴!!」

「はあ?アンタ何様よ!!さっきから黙ってればいい気になりやがって!!」

「俺は寒い思いをしてわざわざお前ん家まで来てやったの!それくらい当たり前だろい!」





何とも理不尽な台詞を吐いてそのままコタツの布団を肩まで被って机に頭を預けてしまった。

そんな自分勝手で超が付くほど自己中な私の彼氏、ブン太は

その後も「寒い寒い寒い」と連呼しながら文句ばかりを口にする。

本当に何様だコイツ。 それに私は家に来てと頼んだ覚えもないんだけど。

ブン太が勝手にさっきメールで「今からお前ん家行くから。」って送ってきたんじゃん。

段々と腹が立ってきて、だけど本当に寒そうだから仕方なしに台所へ行ってココアを作ってあげた。

と言っても冷蔵庫に入ってた既製品のココアをマグカップに移してレンジでチンしただけだけど。

それでもブン太にとっては立派な甘いココアに変わりはないのでそれをブン太の前に無言で差し出してやった。





「ちょっと甘味足りないココアだなコレ…」

「ブン太、アンタは文句無しにココアも飲めないんですか?」

「だって何か苦みあるってこのココア。俺ミルクたっぷりな方が好みだし。」





そう言いながらもズズズと全部飲み干してしまうブン太を見て、私は可愛いと思ってしまうからダメなんだと思う。

何だかんだ言うけど私って本当ブン太に弱いんだ。

甘やかすなってよく周りには言われるけど、自分でもダメなんだってわかってるんだけど許してしまうんだよね。

ブン太の我が侭全部。 ああ、ホントにダメな女だ私…。





「で、何よ急に人の家来るとか言い出して。クリスマスは一緒に過ごせないっつってたじゃん。」





そうそう、そうなんです。

この男、恋人達の一大イベントともいえるクリスマス、私は一緒に過ごそうと思っていたら

「え、無理無理。俺ケーキ作らなきゃだし。」とかあっさり言いやがった。

こんな時にも食い気か!!と思わず文句を言ってやりそうになったけれど、どうやら詳しく訊けば

ブン太の下のオチビちゃん達二人に毎年ケーキを作ってあげているんだとか。

そんなこと言われたら私だって文句言えなくなっちゃって、惚れた弱みと言うのか…

結局私は仕方がないから何も言えずにクリスマスは一人で過ごすことにした。





「うん、でももうケーキ作って来たし。」

「…あっそ。」

「あっそてお前な…。今年のケーキはマジ天才的に早業だったんだぜぃ!」





知ったことか。そう心の中で思ったことは内緒。

もしかすると私はブン太の弟達に嫉妬してしまっていたのかもしれない。

大人気ないったらありゃしないが、でもこれは不可抗力というやつで、

好きな恋人との時間を取られたらそりゃちょっとはヤキモチとか妬いてしまうってわけで…

でも、あっさりとこう戻ってこられるのも何だか癪だったりもする。

結局はこの男の自分勝手でマイペースなところがムカつくんだ私は。





「で、こっちがと食う用のケーキ。」





そう言ってコタツの上に乗せた白い箱をガバッと開けると、ブン太はどうだと言うように自慢するように口端を上げた。

すごい、これはすごすぎる。

よく家庭科の調理実習の時間に女の子達が「丸井君ホントすごかったねぇー!」なんてハートが飛び交うような声で

ブン太のことを褒めていたのは知っているし、ブン太自身お菓子作りが得意だってことも知っているけど、

これはちょっと女である自分が自信をなくしてしまうほどの出来だった。

軽くショックを受けて私が何も言えないでいると、その反応が不服だったのかブン太はムッとして私のことを睨んできた。





「何だよ、何とか言えよ…。」

「…いや、あまりの上手さに何て言っていいのか…女の立場がないというか…」

「そりゃお前が作るより俺が作る方が素晴しいに決まってんだろ。いまさらじゃん。」





何を言うかこの男。

どうやらフォローと言う言葉がブン太の頭の辞書にはインプットされていないようで、

なんとも心にもない台詞をグサリと私の心臓目掛けて刺してきた。

涙が出そうだよ私。





「…そんな顔すんなよ、別にショック受けて貰うために作ったわけじゃねえのに。」





私の顔が相当落ち込んでいたのか、ブン太はちょっと困った顔をして

私より一回りでかい手で頭をポンポンと撫でるように叩いてくる。

もう、そういうことするからまた私はブン太のこと好きになってしまうんだってどうしてわからないのかなこの男は。





「なあなあそれより早く食べよ。また寒くなってきた。」

「意味わかんないしソレ。ちょっと待ってて今皿とナイフとフォーク持ってくるから。」





早くしろよというブン太の声に急かされながら私は立ち上がって台所へと向かう。

しばらくして二人分の食器を手にして戻って来た私はブン太の口許に付いているクリームを見て

怒りが込み上げるというよりはちょっぴり涙が出そうになった。





「ねえ、こういう時って…待つもんじゃないの?」

「いや…待とうって思ったんだけど…イチゴ一個くらいいいかなーとか…」





段々と尻つぼみになっていくブン太の声に私は呆れが大いに混じった溜め息を零した。

するとブン太が流石にこれはまずかったと悟ったのか、やっぱダメだった?と珍しくも焦って顔を覗き込んできた。





「サイッテー。」





冷たい視線を向けた後、プイッとそっぽを向いてブン太に少し反省させてやろうと怒った態度を見せる。

するとブン太は謝ってくるだろうと、てっきりそう思い込んでいた私は

次に発せられるブン太の台詞に思わず自分の耳を疑いたくなった。





「それくらいで怒るとか…ワケわかんねぇ。」





ぼそり、呟かれた言葉に私は驚いて振り向いたら、無表情で私のことをじっと見ているブン太と目が合った。

何ソレ何ソレ何ソレ!!

確かに私は今ちょっと子どもっぽいことしたかもしれないけど!

でもそれはちょっとした反抗の態度であって別に私自身本気でも何でもない。

それなのにブン太ときたら…酷い、あまりにも酷すぎる。

私は今までこんな男と付き合っていたのかと、

その事実にガッカリするよりも先に驚きがいっぱいで頭が上手く働いてくれなかった。





「何驚いた顔してんの?なあ早くケーキ食おうぜ。」

「……何…その態度…」

「はあ?」





あたかも気にしていませんみたいにさっさと食い気に走ろうとする目の前のこの男に、

今まで溜まりに溜まってきていた私の怒りがここにきて一気にバロメーターを上げていく。

私の態度が可笑しい事に気づいたらしく、ケーキにナイフをぐさりと音がしそうなくらい勢いよく刺したまま

面倒そうにこっちを向いたブン太の頬を力いっぱいバチンと叩いた。

呆然と頬を押さえて目を強張らせて私を見るブン太の表情が段々と険しいものに変化していく様は滑稽だ。





「…意味わかんね。」





聞いたこともないくらい低い声でそう言うと地面に投げ捨てられていたコートを手に持って立ち上がる。

そんなブン太の玄関へ向かって行く背中をただじっと見ていた。

怒っている。

だけどそれは私も同じ。

どっからどう見ても悪いのは私じゃなくてブン太。

でも手を出した私は悪くないのかと訊かれれば否定できない。

それでもやっぱり原因を作ったブン太が悪いと思い、涙で溢れ出す視界でブン太が家を出て行く姿を最後まで見送った。





バカ、ブン太のバカ。





バタンというドアが閉まる音を聞いてああこれが現実なんだと、机の上にそのままにされたケーキをじっと見つめた。

入刀された形が崩れ気味のケーキを見て思う。

明らかに割合が可笑しいんじゃないかなっていうくらいケーキは三分の二に分けられていた。

そいういうところでもブン太らしさが滲み出ていて、自分に正直に生きている人間ってなんて憎たらしいのだろうと思った。

最悪なクリスマスだ。 もう今なら何が起こってもこれ以上最悪だと思うことはないだろうってくらい。

どうして私とブン太はいっつもこうなのだろうか。

そんなつもりはさらさらなかったっていうのに。





私は愛されてないんじゃないかって思うから悲しいのかな。

告白したのも私のほうだし、マイペースなブン太に合わせているのはいつも私。

ブン太は自分のやりたいようにやってそこに私がいつも隣にいさせてもらってるって感じがしなくもない。

付き合う前からあんまり私に優しくなかったけど、ブン太にとって私はちゃんと彼女として映っているのかな。

ああ、一人になるといろいろなことが頭に過ぎって胸が苦しい。涙が出てきた。





「……っふぇ…ブン…太ー……」





ぽろぽろ頬と伝う涙がケーキへと落ちていく。

せっかくブン太が作ってくれたケーキなのにもったいない。

どうしてだろう、こんなになっても、こんな扱いしかされなくても私はブン太が大好きで。

ダメな女って言われても、情けない女と言われても、私にはブン太しかいなくて。

ブン太じゃなきゃ嫌なのにどうしてこうなっちゃうんだろう。





「うー…しょっぱいー…」





涙も一緒に口の中に入ってきて、せっかくの甘いケーキが少ししょっぱかった。

でも元がものすごく甘く作られているから結構後から舌に甘さが残って何だか余計に悲しくなってきた。

そうだ、わざわざケーキを作って持ってきてくれたのに。

弟達優先のはずが、私の分まで作ってくれてこの寒い中持ってきてくれたのに…

先にイチゴ食べたくらいでどうして私は怒ってしまったのだろうか、いや、最初はあんまり怒ってなかったけどさ。





「ブン太っ!」





今はすごくブン太に対して罪悪感が湧き上がってきて、

気が付けばブン太の名前を呼んで玄関へ向かって飛び出していた。

きっと今家に帰っている途中のはずだ。

ブン太の歩く速さなら私が本気で走ったら追いつくかもしれない。

そう思って玄関にあった適当なスニーカーを履いて玄関を飛び出し…





「遅い。」





たらなんと、すぐそこにブン太が壁にもたれ掛かって腕を組んで立っていた。

外にいた寒さの所為か、鼻がちょっぴりトナカイのように赤くなってる気もするけど。

驚いて目を真ん丸く見開く私をじっと見て、眉間に皺を寄せたブン太は「さむ…やっぱコタツだよな。」なんて言いながら

再び私の家の中に断りもなしにズカズカと入って行ってしまった。

…本当に何なんだこの男。





「あー!!」





するとすぐに叫び声のようなものが聞こえてきて思わず私もギョッとする。

今度は何なんだと私も家の中に入り、履いたばっかりのスニーカーを脱ぎ捨てて部屋の奥へと入る。

そこにはギッと私を睨みつけるブン太の姿があって、





「お前ケーキ先に食っただろ!!」





なんて言われちゃった日には私もう何処からどう突っ込めばいいのかわからなくなってしまった。

先にイチゴを食べたのは貴方ですよ丸井さん。





「俺が出て行ってもすぐ追って来ないと思ったらケーキ食って来たワケ!?信じらんね!」

「…………。」

「しかも俺の方食ってるし!のはこの小さい方に決まってんだろい!」





ブン太はそこでようやく私の方を見て、「あ…」と声を漏らした。

そして頭をこしこしと掻いて「いや、そうじゃなくてそのー…」とかいろいろと言葉を濁して視線を泳がす。





「そういうこと言いたかったんじゃねーの俺。」

「だったら言うなよ。」

「ほら!そうやってそんなこと言うから喧嘩になんの俺達は!口を慎む!」





そっくりそのまま返してやりたい台詞を指差してまで言われて私の眉間に何本か皺が刻まれた。





「ごめん。」





でもブン太が拗ねたように口を尖らせてそんなことをぼそりと言うから思わず私はえ、と訊き返してしまった。

急にぎゅっと抱きしめられる感触がして顔を上げようと思っても目の前はブン太の胸板で

ブン太が羽織るコートから滲みてくる外の寒さに思わず私の中で罪悪感が再び湧き上がってくる。

こんな寒い外で私が出てくるのをずっと待ってたんだブン太は。





「…俺さー」





すぐ耳元でブン太の声が聞こえてちょっとくすぐったい。

吐かれた息が耳を掠めてそこだけが少し熱を帯びた。





「クリスマスにケーキとか弟以外に作ったの、 が初めてなの。」





腰に回った腕に力が篭ってさらに私とブン太の距離が縮まる。





「気を遣うのって俺好きじゃないの。そりゃどうでもいい奴なら適当に優しくしとけばいい関係は築けるかもしんねえけど、

本当に好きな奴の前で気を遣うのとか嫌なの俺は。思ってもない優しさとかお世辞とかあんま言うの好きくねえの。」





普段全然思ってることを言ってくれないブン太が若干投げやりだけど言葉を零す。

内容は相変わらずだけど、何だか私は特別だって言われてる気がして恥ずかしかった。

ふいに抱きしめられていた腕の力が弱まって私とブン太の間に少し距離が出来る。

そこから顔を上げればブン太の困ったような顔で、だけど真剣な目がすぐ近くにあった。





「俺我が侭だしマイペースだしこんなだけど、それを受け止めてくれるのが だって思ってるから、」





「俺見捨てたりすんなよ。」





じゃないと俺すぐどっか行っちまうからな、と最後の余計な言葉を付け足して再び私をギュッと抱きしめる。

その腕がちょっとだけ震えていた気がするからそれは寒さの所為だということにしてあげた。

つまりは私が捨てない限りはブン太は私の側にいてくれるってことなのだろうか。





「すぐ追って来なかったから…ガラにもなくちょっとビビッた。」





ぼそりと呟いて私の肩に顔を埋めるブン太の髪が頬に当たってくすぐったい。

でもすぐにピリッとした痛みを首筋に感じて思わず顔が火照ってきた。

本当にこの男は…何を仕出かすかわかったものじゃない。





「ちょ、コラ!」

「なーなー俺ちょっと我慢ならなくなってきた…」

「はい!?」

「ケーキ食いたい。」





かぷっと私の耳たぶを噛み、私から体を離したと思ったらそのままコタツへダイブ。

余程ケーキが食べたかったのか、もう手にはフォークが握られていて自分の分をお皿の上に載っけ始めた。





「おい、早く座れって。」





私の分もお皿に載せるとバシバシと私の席の前のコタツを叩く。

何だかものすごくブン太のペースに乗せられてる気がするけれど、渋々言われた通りコタツへと入った。

するとブン太がケーキを載せたフォークを私の目の前に差し出してくるので、

意味を理解していない私はそのフォークをまじまじと黙って見つめていた。





「ん、食え。」





そう言って無理矢理口に近づけてくるからちょっとだけ唇にクリームが付いた感触がする。

慌てて口を開いたらそのまま甘いケーキが口の中に広がって消えた。





「うまい?」

「…うん、おいしい。」

「そっか、よかった!」





頷いた私を見てニッコリ笑ったブン太は「じゃあ俺も…」と言いながらフォークをお皿の上に置いた。

「え?」と思ったのも束の間、ブン太の手に私の後頭部がぐいっと押されて顔が近付いたと思ったら





「うん、うっめーさすが俺!マジ天才!」





今回のが一番の出来作だな!と自分で頷きながら再びフォークを握って自分の分を食べ始めてしまった。





ブン太に舐められた唇がじんじんと熱を帯びる。

ちらりと見上げた窓の外は、今年は降らないと言われていた白い雪がパラパラと降り始めていた。










*あとがき*

あまり一位に選ばれることはなかったブン太ですが、彼は何故か二位によく名が上げられていましたね^^

でも最後のほうに急激に一位希望者が増えました…不思議。

何やら素敵なカラオケネタをいろいろと考えてくださった方がいたのですが、

シチュエーションでお部屋希望者が過半数を遥かに上回っていたので断念しました。(でもネタ提供ありがとう!)

今回、自分勝手でやや最低人間なブン太に出来上がってしまいましたがいいんですよ彼は。そんなんで。

40.5にも書かれていたように彼はきっと浮気性なんでしょうね。もうそれはそれは気移り激しそうッス。

うーん、でもそんなブン太に愛されるって何だかいいですね。

ドキドキハラハラいつ捨てられるのか心配しながら楽しむ恋。全然楽しめなーい。

そこで傷心したヒロインを赤也や仁王がそっと手を差し伸べてくれて次のラウンドへGO!!

…てこれブン太夢だからね。やめておきます妄想は。すみませんでした。

では、たくさんのご参加ありがとうございました!!

2007.12.24