僕たちは、信じていた。



この
真実から逃げたくなかった。































擦れ違ってた過去を

 

 

 

 

 

もう終わらせて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ウ・・ソやろ?」

 

 

 

 

 

忍足君の小さな呟きで世界は現実に引き戻される。

辺りに飛び散った真っ赤な血がこの白い世界を彩る。

残酷にもそれが綺麗だと思えた。

忍足君は焦りを隠せず、引き金を引いた彼に振り返る。

銃を放ったままの体勢の彼。

目が揺らぎ、戸惑いが感じられた。

 

 

 

 

 

「に・・・・おう・・・自分・・・何を・・・。」

 

 

 

 

 

言葉を繋ぎ繋ぎに呟く。

忍足君の声にも反応できないでいる仁王君。

倒れた私の体を跡部君が支える。

地面にひざまづき、動揺した目で私を見つめていた。

 

 

 

 

 

「!、・・・・意識が・・戻った。」

「・・・・・え?」

 

 

 

 

 

目を見開いて、跡部君が掠れた声で呟く。

私は痛みの麻痺したお腹を押さえ、弱々しく声を出した。

息をすることすら困難で、自然と息遣いが荒くなる。

私・・・死ぬのかな?

嫌だ。

死にたくないよ。

まだ死にたくない。

生きることが当たり前だった私は、死ぬことがこんなにも怖いなんて思わなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

仁王君は銃を手から落とすと、見開いた目で私を見下していた。

驚きのあまり、まだ頭の中の整理がついていないように見える。

忍足君は立ち上がり、覚束ない足取りで仁王君に歩み寄った。

 

 

 

 

 

「自分どうゆうつもりなんや!冗談ですまされへんねんぞ!!」

「・・・・・俺・・は・・・。」

 

 

 

 

 

仁王君の胸倉を掴んで壁に押し付ける。

俯いた仁王君は薄く口を開いて掠れた声を出した。

私の背後から複数の足音が聞こえて来た。

そんな足音も、私達の少し手前で止まる。

 

 

 

 

 

「・・・俺・・は間違ってなか・・・。」

「何やと・・・!?」

「・・・これでよかったんじゃ。」

 

 

 

 

 

忍足君が仁王君の胸倉を掴む手をゆっくりと離した。

後ろを向いているから表情はわからない。

一歩、忍足君が後ろへ下がった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・これでまたこの物語は終わらない。」

「!!?」

 

 

 

 

 

忍足君が勢いよく振り返る。

動きにくいけれど、私も無理矢理首を横に向けた。

そこには顔を歪めた不二君と神尾君、ジロー君が立ち尽くしていた。

三人とも顔が薄ら蒼くなっている。

物語が終わらない・・・・・・・?

ああ、私が死んじゃうから?

そうだね。一人でもいなかったら物語は終わらない。

終わらせることができないもんね。

ていうか・・・あれ、視界が霞んできたかも。

 

 

 

 

 

「跡部を狙ったつもりが・・・でもまあ、本当は誰でもよかったわけやし。

・・・・憎んでるんは跡部やみんな・・・・・同じやけんの。」

 

 

 

 

 

憎んでいたから、みんなを殺したいと何度も思った。

 

 

 

 

 

そう続けて言った仁王君の台詞。

不二君表情が険しく歪んだ。

 

 

 

 

 

「違う!自分を、・・・・だろ!?」

 

 

 

 

 

不二君が俯いたまま口を開く。

跡部君の私を支える手に力が篭った。

私からは見える跡部君の表情。

険しく歪んでいて、何かを必死に抑えているように複雑な表情だった。

だけどそんな表情だって霞んで見えにくい。

みんなの声が頭に響いて聞こえにくくもなってきていた。

 

 

 

 

 

「僕達を憎んでたんじゃない!君は自分を憎んでたんだ!

・・・・・・・・・・・・・だから、わざとちゃんを撃った!そうでしょ!?」

「わざと・・・やて?」

 

 

 

 

 

荒々しい不二君の声。

彼はそんな風に熱くならない人だと思ってたのに・・・・・。

忍足君の動揺に満ちた声が響く。

仁王君は口を閉ざし、黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

「撃つ瞬間、銃口が俺からに移った。お前は初めから俺を撃つふりをして、それを庇うを狙ってたんだろ?」

「!!」

「そ・・・そんな!何で!?何でちゃんを狙うの!?」

 

 

 

 

 

ジロー君の焦りの混じった声が頭に響き渡る。

不二君と跡部君は何を言ってるんだろうか。

じゃあ初めから仁王君は私を撃つつもりでいたの?

跡部君じゃなかったんだ。

何で?どうして?

何のために?

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・もう、自分の過去を・・・隠すのはやめなよ。」

「・・・・何のことかわからんの。」

 

 

 

 

 

不二君と仁王君が見つめ合う。

視線を逸らしたのは仁王君の方だった。

 

 

 

 

 

「俺はお前さんらを元に戻してやっただけじゃ。感謝してほしいくらいやの。」

「・・・・・何?」

 

 

 

 

 

跡部君は顔を上げ、仁王君を睨み上げる。

神尾君が少し離れた場所で気まずそうに口を開いた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・さんは俺達のことをずっと縛ってたんスね。」

「ど、どういうこと!?神尾!」

 

 

 

 

 

すぐにジロー君が神尾君の腕を握り、次の言葉を急かした。

だけど返事は神尾君からでなく、反対側にいた跡部君からだった。

ああ、頭が痛い。

聞きたくない。

もう誰も何も言わないで。

私は何も知らない。

 

 

 

 

 

の念が俺達の念をこの世に留まらせてた。その証拠に・・・が撃たれた直後みんな意識が戻ったはずだ。」

「・・・・確かに・・・急に頭の中がスッキリしたわ。」

 

 

 

 

 

跡部君、そんな辛そうに私を見ないでよ。

やめてよ。やめて。

全ては原因が私だったって言うの?

だからって・・・私は死なきゃダメなの?

一度みんなに奪われた人生。

また・・・・・・君達に奪われるっていうの?

 

 

 

 

 

「仁王先輩!!」

 

 

 

 

 

さっきとは反対方向から、走ってくる足音が聞こえた。

この声は切原君?

荒い息を整える声が聞こえる。

 

 

 

 

 

「もう・・・やめろよ・・・!」

「・・・・・・・赤也?」

「・・・アンタ、また同じことを繰り返すつもりかよ!?・・・サンを不幸にするのは・・・もうやめろよ!!」

 

 

 

 

 

切原君の声が震えてる。

だけどどんな表情をしているのかわからない。

もう何も見えない。

ぼんやりと跡部君の影が見えるだけ。

 

 

 

 

 

「幸村部長と俺・・・・・倉庫の中にあったアンタの日記・・・・読んだんスよ。」

「!!」

「どういう意味!?仁王の日記って!?」

 

 

 

 

 

ジロー君の叫ぶ声が響く。

切原君の台詞に、不二君と神尾君の肩が揺れた。

私、みんなの言っていることが段々とわかってきた気がする。

私の強い念がみんなをこの世にずっと留まらせてたんだね。

私の怨む気持ちがみんなをずっと・・・・・。

だから、仁王君は私を撃った。

でも・・・・どうして仁王君だけ過去の自分に囚われたままなの?

切原君は仁王君の何を知ったのだろうか。

だけど、仁王君が私を撃った本当の理由は・・・・・違う気がする。

もっと他に、もっと複雑で、もっと悲しい真実がある気がするんだ。

続いて不二君が口を開く。

 

 

 

 

 

「過去の仁王とちゃんは・・・兄妹だったんだ。」

「・・・・・・え?」

「だけど気付いた時には既に仁王はちゃんを・・・愛してしまってた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してるのに

 

 

 

 

 

憎い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰にも渡せない。

渡したくない。

君は俺だけの――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『跡部、が川沿いで待ってるって。』

 

 

 

 

 

そこから始まった悲劇。

全ては仕組まれた残酷な物語。

 

 

 

 

 

『仁王どーしたの?そんなところで・・・。』

『シッ、今が川沿いで跡部と二人でいるから・・・・・・静かに。』

 

 

 

 

 

芥川も計画通りここに来た。

いつもここでコイツはひなたぼっこをするから。

に至っては、跡部が呼んでると言ったら俺の言葉を信じてのこのこやって来た。

雰囲気が雰囲気なだけあって、積極的な性格である跡部は

 

触れた。

 

早まった跡部を芥川に見せたら、血相を変えて俺に助けを求めてきた。

 

 

 

 

 

『ねえ!どういうこと!?跡部・・・・跡部がまさか!!』

『落ち着け。跡部は・・・・裏切ったのかもな。』

『!!』

 

 

 

 

 

芥川は急いで仲間にこのことを伝えに戻った。

頭に血が上ると、人は冷静な判断をなくす。

簡単に物事は進んでいった。

千石の親を煽ったのも俺。

不二を後押ししたのも俺。

その後に不二との場所を丸井に教えたのも俺だった。

その途中に宍戸が加わったのは予想外だった。

だけどたいして支障はなかった。

だからそのまま計画を進めるため、次に赤也を煽った。

アイツは簡単に跡部の家に乗り込んで行った。

 

 

 

 

 

『仁王君。』

『・・・・・千石?』

『もう俺には・・・・・・・これしか道がない。』

 

 

 

 

 

千石は自ら進んで破滅への道を辿ってくれた。

の家族を殺し、の居場所を奪った。

全ては思惑通り。

全て、俺のせいで潰れた関係。

引き金を引く相手を跡部にしたのも計算してのこと。

引き金を引く準備さえしてやれば、あとは勝手に自分達で潰れ合ってくれる。

そう、俺たちは勝手に崩れていくんだ。

初めから、俺達の関係は案外脆かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

二人だけになった秘密基地。

いつも離れたところから見ていたみんなの背中。

隣にいる弱ったを見て、胸が痛んだ。

ああ、俺のせいで全ては潰れてしまったんだな・・・・と、思い知らされた。

失くしてから気づく愚かな自分。

だけど、それほど愛していたんだ。

を・・・・・・・・誰にも渡したくなかった。

 

 

 

 

 

『生きて・・・・・それで・・・・・・・・・怨め。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとに続けるはずだった言葉。

力尽きて言えなかった言葉。

 

 

 

 

 

真実を知らないは知らず知らずのうちに仲間を怨んでいた。

から見れば、憎むべき相手は自分の人生を台無しにしたアイツら。

そしてこの残酷な世の中。

本当は俺が悪かったということすら知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、渡したくない。

幾度生まれ変わろうとも

たとえ自分のせいで惨劇が繰り返されようとも

お前だけは誰にも渡したくなかった。

叶わなかった恋。

次に出会うのならば、みんなと同じ立場で、同じ条件でお前と接したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愛してる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう届かない。

伝えることのできない台詞。

俺にはそんな権利は無い。

ただ、を誰にも渡さないように仕向けることしかできない。

罪悪感だけが俺を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・僕は・・・・真実を知った。」

 

 

 

 

 

不二の震える声が辺りに響き渡る。

風に乗って、どこまでも。

 

 

 

 

 

「それでも君を嫌いにはなれなかった。」

 

 

 

 

 

あの本を読んだ時から気づいていた。

だけど、自分が同じ立場だったら?

そう考えただけで胸が痛んだ。

だって、自分もきっと・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「俺も・・・・無理でした。」

「・・・・・・・神尾。」

「俺だって・・・・今の仁王さんは好きっス!たとえ過去にどんなことがあろうと・・・・嫌いになんてなれない!!」

 

 

 

 

 

だって、今は今だから・・・・。

過去に囚われたままの自分なんていらない。

前だけを向かないと、いつまで経っても何もかわらない。

弱いままの自分は嫌なんだ。

 

 

 

 

 

「仁王。」

 

 

 

 

 

振り返ると丸井。

そして宍戸がいた。

 

 

 

 

 

「お前らどうしてここに・・・・。」

「警備室のモニターから見てた。聞いてた。だけど・・・・・・居ても立ってもいられなくなって途中から走ってきた。」

「それなのに・・・声がずっと聞こえるんだよ。お前らの会話・・・・何でか知らねえけど聞こえてくんだよ!!」

 

 

 

 

 

丸井が叫ぶ。

その後ろから千石、鳳、向日、越前が思い思いの表情で向かってきていた。

忍足の前で立ち止まると、向日の目から大粒の涙が流れ落ちた。

忍足の胸倉を両手で掴み、小さな体でぶつかった。

 

 

 

 

 

「仁王も・・・侑士も!何でお前らはそう、独りよがりなんだよ!!もっと周りを頼れよ!!」

「・・・・・・・・・・もう、終わらせようよ。嫌だ。嫌なんスよ!みんなが・・・・苦しんでるのを見るのは・・・。」

 

 

 

 

 

越前が俯く。

の鞄から縫いぐるみを取り出し、仁王に投げた。

仁王は無意識にそれを受け取る。

 

 

 

 

 

「いつまでも同じ俺達じゃありません。人は・・・・・・・・・・変われるんですよ!」

「もう同じことの繰り返しはごめんだよ・・・・仁王君。ちゃんだって・・・・・本当はもう・・・。」

 

 

 

 

 

わかってるんでしょ?

 

 

 

 

 

の目が開く。

跡部の手をすり抜け、ゆっくりと体を起こした。

撃たれた横腹が痛むのか、顔が歪んでいる。

額にはじんわりと汗が滲み、荒い息が近くに居る跡部にだけ聞こえていた。

跡部はじっとを見つめた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・憎い。」

 

 

 

 

 

仁王の眉間に皺が入る。

苦しそうに、俯いた。

過去の罪悪感。

それが彼を締め付ける。

 

 

 

 

 

「憎いのか?」

 

 

 

 

 

跡部が口を開く。

の瞳から涙が溢れ、流れる。

虚ろな目に映るのは

 

仁王。

 

 

 

 

 

「それよりも・・・・お前は何か他の感情を抱いたりはしないのか?」

 

 

 

 

 

もっと大きな

 

 

 

 

 

忘れられない感情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ケイたん。あそぼー?』

『ああ、いいぜ。はとくべつな。』

『ずっりぃ〜!オレもオレも!!』

『なんや、ガクト。おまえアトベとそんなにあそびたいんか?』

『え、ちがっ!!』

『E〜な〜あとべモテモテ〜。』

『きもちわりぃなガクト。げきキモ。』

『だからちがうって!!』

『え〜そうだったんですか〜!?』

『ばっ、チョウタロウ!おまえまで!?なんだよクソクソ!!』

『あはは、じゃあみんなであそぼうか!なにしてあそぶ?』

『そうだな〜えっと・・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、これなあに?』

『だぁああああああああ!!!ダメダメダメ!!みちゃダメ!!』

『え!!?あ、ごめんなさい・・・・。』

、きにせんでええ。てれとるだけじゃ。』

『そーそー。アカヤはにアイのこもったハナワをつくってたんだぜぃ。』

『え、そうなの?わ〜い。』

『ちょっ、なんでいうかな!?ひどいっスよ!ふつうだまってるもんでしょ!?』

『え〜、ヤだ。』

『ま、おれらにみつかったじてんでアカヤはあきらめんといかんぜよ。』

『ふふ、まあどうでもいいじゃない。さっさとあげなよ。アカヤ。』

『どうでもいいってなんスか!!?』

『だってがほしそうにまってるでしょ?いくらカワイイからって、じらすのはよくないよ?』

『・・・・・・べ、べつにじらしてなんか!!』

『わ〜い。はやくちょうだいよ。アカヤくん!』

『そんじゃ、じれったいアカヤくんはおいといて〜・・・にはオレからプレゼント!』

『ありがとう!』

『はあ!!?なにそれ!!』

『へえ、ブンタ。なかなかやるの。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃん、もうすぐおたんじょうびだね。』

『あ、ホントだ!あさってだよね!?』

『うん。でもべつにうれしくないや。』

『え?なんでっスか?』

『だって・・・・・ホントにうまれたひじゃないもん。』

『・・・・・え、そうなの!?なんで?なんで?』

『ワタシもらいごだから・・・・・おうちにきたひがたんじょうびってきまったの。』

『・・・・・そっか。そうなんだ。』

『オジサン、きかされてなかったんだって。ワタシのたんじょうび。』

『ふ〜ん。でも、そのひはどっちにせよオレたちにとってトクベツなひだよね。』

『なんで?リョーマくん。』

『え〜わっかんないの!?だって・・・・そのひは・・・・・・』

『そのひは?』

『ボクたちがであったひだからね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“大好き”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

再びの口が薄ら開かれる。

跡部が存在を確かめるようにぎゅっとを抱きしめた。

背中に回すその手は微かに震えていた。

 

 

 

 

 

、お願いだから!もうみんなを解放してやってくれ!もう・・・終わらせてくれよ!!」

「・・・・・・・・・・・・。」

!!」

 

 

 

 

 

跡部の叫ぶ声がみんなの胸を締め付ける。

そんな跡部に忍足は声を掛けようか躊躇して、一歩前に出した足を戻した。

自分はそんな立場ではない。

そう思ったから・・・。

鳳は忍足に近寄り、そっとジャケットを忍足の肩にかけてやった。

 

 

 

 

「コレ、ありがとうございました。助かりました。」

「・・・・鳳。」

「侑士、行けよ。」

「・・・・岳人。」

「助けてやれるの、お前しかいないんだろ?侑士を助けるのは俺の役目。

跡部を助けるのは・・・・侑士の役目だ。」

 

 

 

 

 

忍足の背中を押してやる。

二、三歩前へ歩み寄ると、一度後ろを振り返った。

向日が頷く。

忍足は再び一歩、一歩と噛み締めるように前へ進んだ。

 

 

 

 

 

「跡部。」

「ッ・・・忍足。」

も・・・よう聞いて。」

 

 

 

 

 

二人の手前で立ち止まり、見下ろす。

跡部は忍足を見上げるも、は前を向いたまま動かない。

ずっと仁王を見つめている。

 

 

 

 

 

「・・・・・俺たちにはみんな、それぞれの思いがあった。跡部にもにも・・・俺にも・・・。」

「・・・・・。」

「怨まれる辛さや・・・好きやのに相手を憎む気持ちに勝たれへん弱い自分の歯痒さ。」

 

 

 

 

 

辛かった。

謝ることすら許されなかった過去の罪。

自分が同じ立場になることで救われようとした愚かな考え。

いつも一人だと思い込んで何もかも自分一人で抱え込んでた。

見渡せば、すぐ隣に、自分を想ってくれる仲間がいたのに・・・。

 

 

 

 

 

「俺らは・・・何のために生まれ変わったんや?」

「!」

 

 

 

 

 

跡部の肩が揺れる。

そっと、を抱きしめる手を緩めた。

 

 

 

 

 

「終わらせるため・・・・やろ?」

「違う!」

 

 

 

 

 

が声を荒げ、立ち上がった。

は横腹を押さえながら大粒の涙を零した。

苦しい。

痛そうに歪む顔。

跡部が黙ってを見上げる。

の瞳は大きく揺れていた。

 

 

 

 

 

「救われるためじゃない!アンタ達に永遠の苦しみを・・・ッ・・・味あわせるためよ!」

 

 

 

 

 

怨んだ。

憎んだ。

命が尽きようとも、生まれ変わったお前達を幸せになんてさせない。

するもんか。

私が味わった絶望を思い知ればいい。

みんな憎い。

私の人生を奪った奴らが憎い。

だけど、私にこの感情を植え付けた貴方も・・・・憎い。

 

 

 

 

 

「みんな永遠にもがき苦しめばいい!私が死んだら・・・そしたらまた同じことを繰り返すことになるんだから!」

 

 

 

 

 

血だらけの体。

昔の私はたくさんの血を見て死んだ。

自分の体に血がつくことはあっても、決して自分から血が出ることはなかった。

だって、護ってくれる人たちがいたから・・・・。

そう、私にだって護ってくれる人たちが・・・・・・・・

 

いたんだ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・少し落ち着いて・・・・周りをよく見てみ。。」

 

 

 

 

 

忍足の落ち着いた声が辺りに響いた。

見開くの目に戸惑いの色が見え始める。

立っていることすらやっとのの足は、次第に力が抜け、地面にがくんと崩れ落ちた。

再び跡部が受け止め、仁王に視線を向ける。

思い出すのは去り際の台詞。

 

 

 

 

 

「『俺のための悪役、ご苦労さん。』」

 

 

 

 

 

跡部が小さく呟く。

片手で縫いぐるみを力いっぱい握り締めていた仁王は、肩を揺らして顔を上げた。

の荒い息が跡部の耳に響き渡る。

それを掻き消すように、を地面に寝かせ、立ち上がった。

 

 

 

 

 

「さっき、お前に言われたな。・・・・・だけど、勘違いするな。」

「・・・・・・・・・・。」

「この物語に・・・・・・・悪役なんていねえんだよ。」

 

 

 

 

 

仁王の少し長い後ろ髪が風に靡く。

宍戸が視線を落とす。

地面の雪は溶け始めていた。

ありえない。

だけど何故か、嬉しかった。

 

自分たちに、もう雪はいらない。

 

 

 

 

 

「ヒーローもいねえ。悲劇の主人公だっていねえ。」

 

 

 

 

 

存在するのはただ

 

憎しみという複雑な感情を抱き

 

擦れ違い合った

 

ぶつかり合った

 

弱い自分と戦った

 

ただそれだけの俺たち。

 

 

 

 

 

それ以外の何でもない。

特別なものなんて何もない。

悲観的にならなくていい。

周りをよく見ろ。

きっと、何かが見えてくるはずだから。

 

 

 

 

 

「目を瞑れ。仁王。」

 

 

 

 

そして次に目を開けたとき、

お前に何が見える?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったな。・・・・お前には面倒な役目を担わせてしまった。」

「いえ、アイツらの変わっていく姿・・・見てて嫌じゃなかったです。」

 

 

 

 

 

警備室。

椅子に座った監督と幸村がモニター越しの彼らを見る。

彼、幸村はそう。

初めからこの物語を知っていた者。

監督に協力を頼まれ、みんなを誘導していたのだ。

 

 

 

 

 

「それ、仁王の首ですか?」

「ああ・・・そうだ。」

「仁王の棺の中には体しか入ってありませんでした。何故です?」

 

 

 

 

 

監督の持つ箱の中に、ミイラの頭だけが入っていた。

それを横目で見て、幸村は再びモニターに視線を戻した。

過去の擦れ違いに気づいていく仲間達。

そうだ。

擦れ違いは気づかないままだとずっと平行線のように永遠に擦れ違ったまま。

一度立ち止まり、振り返り、辺りを見渡せばきっと見える。

だけど人は過去を振り返ることを恐れる。

だからずっと擦れ違ったままなんだ。

永遠に。

誰かが気づいて、強く生まれ変わらなくては・・・・

何も変わらない。

過去にいつまでも囚われ続けるな。

人は・・・・生まれ変われるのだから。

 

 

 

 

 

「この物語には続きがあった。」

 

 

 

 

 

監督が仁王の日記を捲り、閉じる。

この日記は幸村が倉庫から持ってきたものだ。

不二達が立ち去ったあと、しばらくして幸村と切原は倉庫に入った。

日記を切原に読ませ、幸村はこっそり持ち出していたのだった。

この日記には記されていない、この物語の続き。

監督はモニターに映る仁王の姿を見、目を閉じた。

 

 

 

 

 

「この首は・・・・の棺の中にあったのだ。」

「え?」

「仁王の親が仁王を棺に入れる際、せめて首だけでもと・・・・の棺に入れたのだろうな。」

 

 

 

 

 

仕方がなかった。

彼にとって残酷なこととはわかっていた。

許されない恋。

だけど自分達にはどうすることもできなかった。

まだ幼い彼らの命が、自ら散っていったこの儚くも、悲しい惨劇。

仁王の親はそんな息子に、せめて死んだあとだけでもと・・・・

首だけをと共に地へ返してあげたのだ。

 

 

 

 

 

「仁王の親も・・・・・苦しかったでしょうね。」

「ああ、何が・・・・いけなかったのだろうな。」

「・・・・・・わかりません。ただ言えるのは・・・・・・・」

 

 

 

 

 

幸村は真っ直ぐ見つめたまま、一筋の涙だけ流した。

これは彼にとっても自然なもので、ほとんど無意識的なものだった。

その涙が地面に落ちると、組んでいた腕を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰もがみんな・・・・お互いを好きだったってことだけです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監督は黙ったままモニターの画面を見つめた。

時計の針が5の数字を指した頃。

画面の向こうから大きな時計の音が鳴り響いた。

5の時を知らせる音。

 

終わりを知らせる―――――――音。

 

 

 

 

 

『な、く・・・雲が!!』

『雲が・・・・・・・逆戻りしている。』

 

 

 

 

 

宍戸と鳳の声がマイク越しに聞こえてくる。

画面に映る空。

そこに映る雲が反対に戻り始めていた。

沈みかけていた太陽も、また昇り始める。

みんなの驚きの声が、耳に木霊する。

 

 

 

 

 

「終わるんだな。」

「・・・・・・・・時間が・・・元に戻るんですね。」

 

 

 

 

 

時計の針がグルグルと逆に回り始めていた。

モニターに映る丸井が間抜けな表情で空を見上げていた。

 

 

 

 

 

「雪も溶け始めた。あれだけあった雪が・・・・・・不思議なものだな。」

 

 

 

 

 

幸村は初め、ゲームのお題として配られた謎が書かれた紙を取り出した。

四つ折にされたそれを開き、笑った。

紙をくしゃくしゃと丸めると、近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。

綺麗な弧を描いてゴミ箱の中に姿を収めた。

 

 

 

 

 

「雪が解けると 春 になる。

    春 になると物語は終わる。」

 

 

 

 

 

幸村が呟いた台詞に、監督は黙って目を閉じた。

時計の針は一周を回り、明け方の5時で止まった。

太陽は消え、モニターの向こうは薄暗く光って見えた。