僕たちは、信じていた。



この
真実から逃げたくなかった。































「あれ、これは助けた方がいいのかな・・・?どう思う?神尾。」

「さ、さあ?でもこのまま放って置いたら凍死しちゃうんじゃ・・・。」

「クスッ、じゃあ素通りしちゃおうか。」

「ええ!!?」

 

 

 

 

 

スタスタと歩き出す不二の姿に神尾は思わず驚きの声を発した。

地面で寝入っているジローからはいびきが響き渡る。

何を思ってこんな道の真ん中で寝転がって熟睡ができるのか。

初めて見た光景に神尾は疑問でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

「芥川さん!起きて!こんなところで寝てちゃダメっスよ!」

「・・・・・んあ、あ゛ー・・・・うん・・・・。」

「うんとか言ってまた寝てるから!起きないと殴って起こすっスよ!!」

「・・・・・・・・痛いのはちょっと・・・・。」

「って起きてんならさっさと起きろよアンタ!!何なんだよ!」

「ふぁ〜あ、おはよう。あれ、跡部は〜?」

 

 

 

 

 

マイペースな人だ。

 

そう思いながら神尾は溜め息を吐いた。

伸びをしながら周りを見渡すジロー。

どうやら不二と神尾以外は誰もいないようだ。

擦った目から欠伸のせいで滲む涙が何の抵抗もなく流れ出た。

 

 

 

 

 

「跡部ここにいたの?」

「うん。俺が寝る前にはちゃんと隣にいたんだけど・・・おかCな〜。」

「そりゃ俺だってアンタがこんなところで寝てたら放って行くっスよ・・・。」

 

 

 

 

 

不二がジローの目線の高さまでしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。

ジローはキョトンとしたまだ完全に起きてはいない瞳で不二を見た。

何だろう。

しばらく見つめ合うと、不二がジローの頬に触れた。

ジローの顔が一瞬にして歪んだ。

 

 

 

 

 

「痛ッ!!」

「ジロー・・・ハデにやられたね。腫れてるよ。」

「ま、まさか跡部さんに!?」

 

 

 

 

 

あまりに痛かったのか、ジローは不二の手を払いのけると、気まずそうに視線を外した。

不二はしょうがない言った様子で退けられた手を見つめた。

少しだけじんじんと手の甲が傷んだ。

 

 

 

 

 

「別に相打ちだったからいいの。こんくらい平気だC〜。」

「相打ちにしてはかなり強い力で殴られたみたいだね。とりあえず血だけ拭いておこうか。口の端で固まってるよ。」

「痛ッ!もっと優しくしてよ!」

「これが精一杯の優しさだよ。我が儘言ってると塩塗るよ?」

 

 

 

 

 

不二の目が光る。

ジローは言葉につまってそのまま口を閉ざした。

今日はよく怪我人を看てやる日だ。

不二はそんなことを思いながら先ほど千石の腕に応急処置で巻き付けたハンカチが姉の物だったことを思い出した。

朝、待ち合わせ時刻に遅刻しそうだった自分の鞄にそっと入れてくれたのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・ま、いっか。」

「何が?」

「こっちの話。気にしなくていいよ。本当どうでもいいことだから。」

「ふ〜ん。じゃあどうでもいいや。」

「いいんスか・・・・?」

 

 

 

 

 

呆れたように神尾の肩がうなだれた。

それと同時にジローの目が見開く。

不二は自然とジローの目線の先を追った。

そこには、の手を引っ張って歩いていく忍足の姿があった。

遅れて神尾も振り返った。

 

 

 

 

 

「忍足さんとさんじゃないっスか。」

「・・・・何かあったみたいだね。」

「忍足・・・。」

 

 

 

 

 

ジローが心配そうに忍足の名前を呟く。

忍足は前だけを見つめていて三人に気付いてはいないようだった。

しかし、がちらりと視線をこちらに向けた。

引っ張られるスピードに合わせながら足を忙しそうに動かす。

不二が立ち上がり、通り過ぎてしまった二人の背中を見つめた。

 

 

 

 

 

「どうします?不二さん。」

「・・・・あとを追いたいところだけど・・・追わない方が良さそうだね。」

「同感っス。だけど忍足さんは何処に行くつもりなんスかね。」

 

 

 

 

 

神尾が首を傾げながら小さくなった二人の背中を目で追った。

ジローは膝についた埃を掃いながら、忍足とに背を向けて立ち上がった。

 

 

 

 

 

「・・・・・跡部のところだよ。」

「跡部さんのところ?」

「忍足はいつだって跡部の味方だから。・・・・昔も今も、ずっと。」

 

 

 

 

 

ジローが伏し目がちに呟いた。

不二は黙ってジローを見つめている。

神尾は一度ジローに視線を向けると、また忍足との歩いて行った方へ視線を戻した。

もう二人は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、幸村部長。あそこにいるのって・・・・・!」

 

 

 

 

 

切原に肩を叩かれ、振り返る。

切原は前方を指差していた。

自分も視線をそちらに向ける。

 

 

 

 

 

「仁王だな。」

「あんなところで何してるんスかね・・・。」

「・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

幸村は黙ったまま仁王に近づく。

仁王は壁にもたれ掛かり、足を投げ出してじっと空を見上げていた。

仁王の目の前までくると、腕を組んで見下ろした。

幸村の背で太陽が姿を消した。

 

 

 

 

 

「何の用?・・・・幸村。」

「腑抜け面をした奴が視界に入ってきたからな。どんな奴なのかを確かめに来たんだ。」

 

 

 

 

 

返事を返すわけでもなくただ幸村を見上げる仁王。

幸村は微笑むと、ポケットから先ほど拾ったばかりのゴムを取り出し、仁王の目の前に差し出した。

仁王がゴムを一目見て幸村に視線を戻す。

幸村はゴムを仁王の足の上に落とした。

 

 

 

 

 

「コレ、お前のだろ?拾っておいてやったんだから感謝しろよ?」

「・・・・頼んでないけどな。」

「そのクソむかつく口調だけは変わらないんだな。お前、あの様子からして発狂したみたいじゃないか。」

「しとらん。俺はいつだって冷静沈着でクールな男じゃ。」

「冗談ぬかしてる暇があるなら今からお前のその弱い精神を一から鍛え直してやろうか。まだまだ日頃の鍛練が足りてなかったみたいだからな。」

「・・・・遠慮しとくぜよ。」

 

 

 

 

 

苦笑いを浮かべる。

額には汗が滲んでいて、息苦しそうだ。

幸村から笑顔が消える。

仁王を見つめながら切原の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「何スか?」

「お前が発狂した時、自分の意識はあったのか?」

「はい。あったっス。」

「どんな感じだった?」

 

 

 

 

 

切原は頬を掻く。

どんな感じと聞かれて答えにくいものはない。

いろいろと頭の中で整理し、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・もどかしくて、死にたいと思った。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁王を横目で見下ろしながら言った。

仁王は肩で息を吸ったり吐いたりして切原をじっと見つめている。

 

 

 

 

 

「そうか。じゃあ仁王も今そんな感じかい?」

「・・・・・さあ、よくわからん。」

「本当にお前は強がりだな。自分だけの力でこの問題が解決すると思ってるのか?

答えはNOだ。お前一人じゃ何の力にもならない。一人で抱え込まずに誰かに話せ、仁王。」

「そうも・・・・いかん・・・からの。・・・・・・・放っとけ。」

 

 

 

 

 

仁王は汗で額にへばり付く前髪を掻き上げた。

目を閉じ、苦しそうに大きく息を吸っては吐いていた。

切原が戸惑いながら幸村に目線を送った。

幸村は組んでいた腕を解き、口を閉ざしたまま仁王を見下していた。

 

 

 

 

 

「幸む「甘えるなよ。」

 

 

 

 

 

切原の言葉を遮り、幸村が振り下ろした拳は仁王の頬をダイレクトに殴った。

仁王は体勢を崩して地面に倒れた。

片腕をつき、幸村を見上げる。

 

 

 

 

 

「目は覚めたか?」

「・・・・・・・・・・ッ。」

 

 

 

 

 

幸村の表情は氷のように冷たかった。

切原が膝をついて仁王が体を起こすのを手伝った。

仁王は口端を拭い、じっと睨み上げる。

だけどその目にあまり力はなかった。

 

 

 

 

 

「赤也、行くぞ。そんな腑抜けは放っておいてかまわない。」

「ぶ、部長!!」

 

 

 

 

 

仁王と切原に背を向けて歩き出す。

切原は幸村の背中と今自分が支えている仁王を交互に見やり、戸惑った。

仁王が切原の手を退けると、また壁に寄りかかり、元の体勢に戻った。

息遣いの荒い仁王。

切原を見て、仁王は弱々しく笑った。

 

 

 

 

 

「早よ行きんしゃい。・・・・幸村が怒ったら・・・怖いぜよ?」

「そんなこと言ったって仁王先輩が・・・・。それにもう怒ってるっスよ!」

「ククッ、それも・・・そうじゃの。・・・・なら、なおさら行かんとな。」

 

 

 

 

 

仁王は切原の背中を押し、立ち上がるように促した。

切原がしぶしぶと立ち上がる。

振り返り、仁王の様子を窺う。

仁王は目を閉じて息を整えていた。

幸村が少し離れた場所から腕を組んで切原を待っていた。

 

 

 

 

 

「赤也、もし・・・・もしにあったら・・・・・・・・・・・伝えてくれんか?」

 

 

 

 

 

切原は一度首を傾げ、黙って頷くと、仁王が人差し指をちょいちょいと折り曲げて顔を寄せろという合図を送った。

言うとおりに耳を仁王に近づけた。

仁王が小さく何かを呟くと、切原は目を見開き、仁王に振り返った。

 

 

 

 

 

「あ、アンタ・・・・・。」

「頼んだぜ・・・・・赤也。」

 

 

 

 

 

切原は不安げに仁王を見下ろし、小さく頷いて背を向けた。

幸村の元へと小走りに近寄る。

最後にもう一度だけ仁王に振り返り、視線を幸村に戻した。

幸村が切原の背をぽんぽんと叩いて二人は歩き出した。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・あと・・・あと少しだけ・・・・少しだけでいいから・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺でいさせて