僕たちは、信じていた。



この
真実から逃げたくなかった。































「・・・・ふざけんな。何だよ。何で・・・・。」

 

 

 

 

 

険しく顔を歪める。

未だ熱で苦しそうに呼吸を続ける宍戸を背で庇い、鋭い目付きで相手を睨み付けた。

地面についた膝が痛い。

 

 

 

 

 

「・・・・何でそんな顔して泣いてんだよ!俺達に何の用だってんだ!!」

 

 

 

 

 

丸井の声だけが虚しく廊下に響いた。

は目の前で涙を無造作に流しながら丸井を見下すように立っている。

だけど目の前のはさっきまでと少し違った感じがした。

足は裸足で、白い服を身につけている。

実際の長さより少し長い髪。

手には斧が握られていた。

 

 

 

 

 

「・・・・・憎い。」

 

 

 

 

 

薄ら開かれた口から弱々しく発せられた台詞。

普通なら聞き取れないほどの小さな声だったが、この廊下が静かだったからか、丸井の耳にまでしっかりと届いた。

床を伝ってひんやりと冷たい空気が漂ってくる。

丸井はハッとしてを見上げた。

 

 

 

 

 

・・・・・・お前・・・・本当にか?」

「・・・・憎い。」

 

 

 

 

 

の目が虚ろに丸井を捕らえる。

丸井は息を呑んだ。

ぶらりと垂れ落ちていた手に握られた斧が軽々と宙に浮く。

 

 

 

 

 

「ちっ、言葉もろくに通じねぇのかよ!!」

 

 

 

 

 

逃げなくては殺される。

そう察した丸井。

しかし、自分の背後には熱で動けない宍戸がいる。

もし避けたとしてもこのままだと宍戸に当たってしまう。

丸井は戸惑いながら、あまり働かない頭で考えた。

宍戸も自分も守るためにはの注意を自分に引き付けて、この場から逃げなくてはならない。

とにかく宍戸をから遠ざけ、自分を狙わせたら少なくとも宍戸の安全が確保できる。

丸井は地面に手をつき、腰を浮かせた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・お前はずっと俺だけ見てたらいいんだぜぃ。んじゃいくぜ!!」

 

 

 

 

 

低い姿勢のまま瞬時にに向かって走り出す。

ぶつかりそうになったのを避け、狭い廊下を擦り抜けた。

宍戸と反対側にたどり着くと、がちゃんと自分に向いているか確かめるため、振り返った。

は確かにしっかりと自分のほうを向いていた。

 

 

 

 

 

「天才様をなめんなよ。ま、こんくらいチョロイチョロイ♪」

 

 

 

 

 

言葉が通じないのをいいことに、挑発的な台詞を吐く。

おまけにブイサインまでやってみせた。

の肩に置かれた斧が再び宙に浮く。

丸井は身構え、の次の狙いを読んだ。

 

 

 

 

 

「お願いだからあっちだけは向くなよ・・・・・・。」

 

 

 

 

 

が一歩、また一歩と近寄ってくる。

丸井はどちらに避けようかと頭をフル活用させる。

右、左と視線を動かした。

その間もとの距離が少しずつ短くなっていく。

振り上げられた斧が空を切った。

 

 

 

 

 

「あっぶねえ!危機一髪!」

 

 

 

 

 

避けた方向が外れたため、とっさにしゃがみ込み、ギリギリで避けた。

斧はそのまま壁にぶち当たる。

そのままがもう一度斧を振り上げた。

丸井は直ぐさま体を起こし、身軽な動きで次の攻撃も避けた。

 

 

 

 

 

「思ってたよりキツいかも・・・っと!」

 

 

 

 

 

しゃがみ込み、すぐに立ち上がる。

その瞬間、何かに躓いた。

視線を下に向ける。

靴紐が解けているのに気付かず、踏み付けてしまったのだった。

ベタだ。

だけどこのままじゃやばい。

そう思い、焦る気持ち。

しかしそんな丸井の気持ちをさらに焦からすようにが斧を振りかざす。

丸井は思わず目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時感じたのは“怖い”という感情ではなく

何故か“悲しい”という感情だった―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

越前は殴られた腹を押さえ、ベンチの上のに寄りかかった。

千石が駆け寄る。

越前の目は、自分を見下すように笑っている忍足だけを捕らえていて、千石は視界にも入っていないようだった。

 

 

 

 

 

「何やねん。そんな目で見んなや。」

「・・・・・まだまだ・・・・弱いね。全然効かない。」

「口だけは相変わらず達者やねんな。・・・・そやけど、自分弱すぎやわ。」

 

 

 

 

 

越前は黙ったまま体勢を整えた。

千石の手を振り払い、ただじっと忍足を睨みつけている。

拳を強く握りなおし、目を閉じた。

 

 

 

 

 

「俺は弱くなんかない。アンタには負けないって言ってるでしょ?」

 

 

 

 

 

怪しい笑みを浮かべた越前。

そんな越前を横目に千石が口を閉ざしたまま視線を落とした。

彼にはわかっていたのだ。

この二人の戦いの結末がどうなるかということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お前・・・・・。」

 

 

 

 

 

そっと目を開ける。

視界には確かにの姿があって、体中には冷気を感じていた。

だけど痛みが無い。

斧は確かに自分に突き刺さっているのに、痛みどころか、血さえも出てはいない。

 

 

 

 

 

、お前・・・・・・・そんな姿になってまで・・・俺を殺したいのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

見開かれたの目から涙が落ちる。

一粒、また一粒と落ちていく。

だけど床に染みなんてできない。

だって彼女は生きている人間ではなかったから。

丸井は今、目の前にいるが生霊だと知り、じっとの顔を見上げた。

自分の体に刺さっている斧も、彼女と同じで触ることができず、体を通り抜けているだけだった。

 

 

 

 

 

「なあ、悲しいんだろぃ?・・・・何で・・・何でずっと泣いてんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・憎い。」

「本当は違うんだろ?憎いんじゃなくて悲しいんだろ!?お前からは・・・・・悲しいって気持ちしか伝わってこねえんだよ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・憎い。」

 

 

 

 

 

ただずっと虚ろな瞳で呟く台詞に、丸井は胸を締め付けた。

自分の体を離れてまで自分達を殺しにやって来る

本当は違うんじゃないだろうか。

本当は助けてほしいだけなんじゃないだろうか。

この苦しみから解放してほしいから、ここにきたんじゃないのだろうか。

から感じ取れた感情がの本当の気持ちとして考えると、今ののとった行動がでも気づかないうちの助けを求めた行動なんじゃないかって思えた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・助けてやるよ。」

「・・・・・・・・・・・憎い。」

「必ず助ける。助けてやるから!!だからッ・・・・・・・」

 

 

 

 

 

丸井は前に手をつき、必死な眼つきでを見上げた。

の手から斧がすり抜け、落ちた。

途端に斧はゆらりと歪んで見えなくなった。

丸井の目から一筋の涙が流れる。

これはの心が真っ直ぐに丸井に伝わっているからだろうか。

無性に涙が頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう自分の体に戻れ・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丸井が潤んだ瞳でと見つめ合う。

しばらくすると、ゆらりとの姿が歪んで見えてきた。

丸井は息を呑む。

足から段々と上に向かって消えていく体。

ただじっとその光景を見つめていた。

完全にの姿が消えると、丸井は気が抜けたようにその場に大の字になって寝転がった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・俺は負けないからな。だから絶対お前のようにはなんないぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁王。