僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「跡部!」
名前を呼ばれ、振り返る。
そこにいたのは息を切らしたジローだった。
走って来たのだろう。
目の前まで来ると、息を整えながら汗を拭っていた。
「一人で何見上げてたの?」
「・・・・別に。」
Pの建物の前でポケットに手を入れ、何かを見上げていた跡部。
ジローは跡部の異変に気付くと、前屈みになっていた体を起こした。
何とも言えない表情で跡部を見つめる。
「自分に・・・負けたんだね。」
「・・・・・・・・・・だったらなんだってんだ?」
跡部が横目でジローを睨んだ。
ジローは一度口を閉ざすと、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「弱っちぃの。」
ジローは目を細めて笑った。
跡部の眉間に皺が刻まれる。
二人の間に少しの沈黙が訪れた。
先にこの沈黙を破ったのは跡部だった。
「テメェもじゃねえか。人のこと言えんのかよ。」
「そうだね。だけど俺、いつまでも負けたままの俺じゃないよ。」
「ハッ、どうだかな。」
「それじゃあ、確かめてみる?」
口端を上げて挑発的な笑みを浮かべる。
跡部は真っ直ぐジローを睨み付けた。
口には出さず、二人同時に心の中で3・2・1、とカウントダウンを始めた。
ちょうど1を心の中で唱えた時、ジローが跡部に殴り掛かった。
とっさに跡部は右腕でカバーし、右足で蹴りを入れた。
ジローは瞬時にしゃがみ込み、そのまま跡部の足を蹴り倒した。
「チッ!」
体勢を崩した跡部は左手を地面につき、踏みとどまった。
そのまま体を捻り、ジローの顔面目掛けて足を振り上げた。
ジローは両手を顔の前でクロスして跡部の攻撃を抑えた。
「まだまだぁ!!」
ジローはそう叫ぶと、そのまま跡部の足を掴み、力いっぱい振り払った。
跡部が再び地面に右手をつくと、すぐさま立ち上がり、ジローに殴りかかった。
何とか避けたものの、二発目は避けることができず、ジローはそのまま地面に吹っ飛んだ。
血が滲む口端を手の甲で拭う。
何も言わずニヤリと笑い、後ろについた手の反動で勢いよく立ち上がった。
「そんなヘボいパンチじゃ全然利かないよ跡部え!!!」
「ハッ、まだ減らず口を叩ける力はあるらしいな!!いっつも寝てばっかのくせによ!!」
「当然!これでも俺は氷帝テニス部レギュラーだからね!!」
ジローのパンチと蹴りをかわし、今度は逆に跡部が殴りにかかる。
それを手のひらで抑え、ジローは蹴りをお見舞いした。
跡部の脇腹を掠り、空を切る。
しばらく同じような動作を二人は繰り返し、何度も攻めてかわす。
そして、二人同時に拳を突き出した。
「越前リョーマ。噂に聞いてた通りほんまに生意気なガキやな。」
不敵に笑い、一歩、前へ歩み寄る。
千石が体を強張らせ、二人にもしものことがあればいつでも自分が止めに入れるよう身構えた。
地面に手をつき、いつでも準備オーケーだ。
越前は前髪を掻き上げていた手を下ろし、口端を上げて笑みを浮かべた。
「そりゃどーも。」
「・・・・・最終警告や。そこどいた方が身のためやで。」
「負ける気がしないから大丈夫だよ。」
「ほな、遠慮なくいかせてもらうわ。・・・・・泣きみんなよ越前。」
忍足は首に巻いていたマフラーを解き、地面に放った。
それは微かな風に吹かれ、少し離れた地面に落ちた。
「恨みっこなしやで。」
「あー、空青いねえ〜。」
「・・・・・・・・・・・曇ってるだろ。」
「あはは、俺の心は晴れてるからEの。」
「何だそれ。バカか?お前は・・・・・。」
二人、大の字になって地面に寝転がり、空を見上げた。
雲が空を覆い隠し、どんよりとしている。
跡部とジローは空を真っ直ぐと見上げ、口端を上げて笑みを浮かべた。
二人の額には汗が滲み、口端は赤く、血が滲んでいた。
「俺、強くなった?」
跡部が顔を横に向ける。
ジローの大きな瞳にはゆらゆらと雲が揺れていた。
また顔を空に戻し、跡部は薄っらと口を開いた。
雪が、再び止んでいることに気づいた。
「さあな。強くなったんじゃねえの?」
今度はジローが跡部に顔を向ける。
跡部は目を閉じていた。
ジローはゆっくりとダルイ体を起こし、跡部を見下ろした。
地面に触れる手が冷たかった。
「俺はまだまだだよ。今回互角だったのは・・・・・・・・」
跡部が弱かっただけ
小さな声で呟く。
だけどしっかりと跡部の耳には届いていた。
跡部の目が薄く開かれる。
ジローは黙って跡部を見つめていた。
大の字に、自由に放り出された手に力がこもる。
ぎゅっと、握り拳に力を入れた。
「心はお前の方が強かった。」
ジローは口を閉ざしたまま空を見上げた。
跡部の台詞に、偽りは無い。
跡部の心は、自分より弱かったのだ。
だから自分ごときにあの跡部が互角だった。
普段ではありえない結果だと心から思った。
「跡部にも可愛Eところってあるんだね〜。」
「・・・・・・・何の話だ?絞め殺すぞテメエ。」
「だって、あの跡部がねえ・・・・。うん。可愛Eよ。可愛E。」
「もう一片言ってみろ。命はねえと思え。」
「はは、強がっちゃって〜。可愛Eなあ♪」
「・・・・・・・・・・・フン、言ってろ。相手にするだけ無駄だな。」
跡部は寝転んだまま、ジローに背中を向けた。
そんな背中を見つめ、ジローは笑顔を浮かべた。
ジローは今、何も言うことはなかった。
ぶつかり合って、彼なりにすっきりしたからだろうか。
口端の傷の痛みさえ今はかなり心地よかった。