僕たちは、信じていた。



この
真実から逃げたくなかった。































「千石さんって・・・・・馬鹿だよね。」

「・・・・それは喧嘩売ってるのかな?越前君。」

 

 

 

 

 

長い沈黙を破ったのは越前。

千石は苦笑いを浮かべ、ベンチにもたれながら空を見上げた。

二人とも前を向いたままの体勢で目は合わさない。

コンクリートから触れているお尻に伝わる冷気が体の体温を奪っていた。

 

 

 

 

 

「何で忘れたなんて嘘ついたわけ?」

 

 

 

 

 

越前の声が耳に突き刺さった。

千石の表情は自嘲気味な笑顔変わる。

の鞄のチャックを開け閉めしながら、ただ無心に空を見上げ続けた。

辺りにはチャックの開け閉めされる音だけが小さく響いていた。

 

 

 

 

 

「あちゃー、バレてた?上手くごまかせたと思ってたのに〜。さすが越前君だね!」

「だってアンタ・・・嘘つくの下手だもん。」

「はは、いちいちカンに障る子だね。君は・・・。」

 

 

 

 

 

千石は笑いながら、何となく開けたの鞄に目をやった。

・・・・目が合った。

そして黙ったままチャックを閉め、見なかったことにした。

越前はそんな千石を気にする事なく、ただ一点だけを見つめていた。

 

 

 

 

 

「で、何で嘘ついたわけ?」

「・・・・だって言っちゃダメだったんでしょ?不二君怖かったし。」

「ふ〜ん、わかってんじゃん。」

「誰でもわかるよ。あんなにオーラ出してたら・・・・。傷口手当てしてくれた時、塩でも塗られるのかと思ったよ。」

「まあ、あれはあの人の必殺技っスからね。オーラは。っていうか、いくらなんでも塩は持ち歩いてないっしょ。」

 

 

 

 

 

持ってたら塗られたのかな。

と心の中で呟き、千石は自分の腕に目をやった。

血は止まってはいるが、一刻も早く治療したいものだ。

自分の本業はテニス。

腕に傷を負ったのは痛い。

そう考えると、少し気持ちが焦り出していた。

 

 

 

 

 

「ねえ、千石さんはアレ見てどう思ったわけ?」

「アレ?」

 

 

 

 

 

千石が首を傾げ、越前に視線を向け、チャックを開け閉めしていた手を止める。

越前は折り曲げていた足を伸ばした。

 

 

 

 

 

「俺達、アンタの跡付けてたの。」

「・・・・ってことはみんなの棺のこと?」

「それも含めて・・・・全部。」

 

 

 

 

 

立入禁止区域にはあらゆる場所に倉庫があり、関係者以外立入禁止と書いてある扉がいくつもあった。

の棺があった倉庫を出ると、越前達は千石の入った形跡のある倉庫へと行き、いくつかの棺を見てきた。

彼らはまだ知らないが、棺がいくつかの倉庫に分けて置いてあるのは、監督の気遣いだ。

あの話を知っている以上、切原と跡部の棺を同じ倉庫にしまっておいたりするのは気が引ける。

それと同様、そういった関係の者を離してそれぞれの倉庫へとしまってあるのだった。

 

 

 

 

 

「仁王さんの棺がなかったことも。あとは仁王さんが・・・・・」

ちゃんと兄妹だったってこと。でしょ?」

 

 

 

 

 

越前は黙って頷いた。

千石は再びの鞄の開け閉めをし始めた。

そう、不二の棺はMの館にあったから当然、どの倉庫にもなかった。

が、仁王の棺もどの倉庫にもなかったのだ。

そのうえ、人気のない場所に建てられたいた倉庫にあった古い遺品の数々。

おそらく、ここの辺りを取り壊す際に出てきた物だろう。

その中にあの向日が見つけた本に似た一冊の古びた本があった。

そこにはまたしても何が書いてあるのかわからない字で書かれていたが、本の最後には達筆な字で『仁王雅治』と書かれていた。

本文の書き方からして、日記か何かだろう。

そのうちの一ページが異常なまでにぐちゃぐちゃに書きなぐられた物があった。

そこに書かれてあったのがの名前。

しかし、それでは何が書いてあったのかはわからなかった。

わからないというのが当たり前だった。

 

 

 

 

 

「何でかな。・・・・あの文章。読めないのにわかっちゃった。」

「俺達も、読めないはずなのに・・・自然と何て書いてあったのかわかった。」

「これを書いた時の仁王君の念が・・・・それほど強かったってことかな?」

「本当、ありえないことが多過ぎ。俺もうわけわかんないし。」

 

 

 

 

 

越前は溜め息を吐いてベンチに頭を預けた。

そんな越前を見た千石は、の鞄から先ほど目が合った縫いぐるみを取り出し、越前の顔の上に乗せた。

 

 

 

 

 

ぶっ、何するんスか!」

「元気出しなよ〜越前君。溜め息ばっかり吐いてると幸せ逃げちゃうよ?ほら、笑って笑って!」

「そんなことはどうでもいいんだけど!これ仁王さんの縫いぐるみじゃなかったっけ!?何でアンタが持ってるんスか!?」

「そうなの?ちゃんの鞄に入ってたからてっきりちゃんのかと思ったよ。」

 

 

 

 

 

越前は縫いぐるみを千石に投げ付けるとキッと千石を睨み付けた。

千石は陽気に、投げ付けられた縫いぐるみと睨めっこを始めていた。

越前が呆れたような、冷ややかな視線を投げかける。

千石は気にしていないようだった。

 

 

 

 

 

「見てよこの粒らな瞳!癒されない!?」

「されない。」

「越前君って捻くれてるねぇ。全然可愛くないな〜。可愛いのは見掛けだけかい?」

「・・・・・この斧で本当に殺してほしいの?」

「ははは、それは勘弁。」

 

 

 

 

 

立てかけてある斧に手を出す越前。

千石が苦笑いを浮かべ、立ち上がった。

ベンチの上で寝息を立てているを見下ろす。

越前が座ったまま千石を見上げ、その様子を窺っていた。

 

 

 

 

 

「全ては仁王君が鍵を握っていたのかもしれないね。」

「・・・・・そうっスね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁王君、君の考えてることがわからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄れた記憶の中で微かに覚えのある台詞。

自分が仁王に言った台詞だ。

確かにわからなかった。

あの本のページを見て、仁王が何を思ったのか。

それは、本人にしかわからないものなのかもしれない。

わかるのはただ一つ。

大好きな人を誰かにとられる怖さだけ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日、が十四の誕生日を迎えた。その日に親から教えられた秘密。

俺とは兄妹なんだと。

いろいろな事情で生まれてすぐを親戚の家に預け、そのまま行方がわからなくなっていたが、榊家が養女を貰った日に親父達は気付いたらしい。

どこと無く若い頃の母さんに似ていたからだと言っていた。

親父達は言った。

いつかバレるかもしれない。

だから俺は婚約者にならなくていい。なってはいけないと。

とは距離を置いて他の十三人の奴らから婚約者が選ばれるようにしろ、と。

俺はが好きだと親父に言った。だけど反対された。

血が繋がった者同士、結婚は許されないからだ。

たとえ今は誰が知らなくても。いずれ全ての人に知られる日がくるから。

榊家の当主は薄々気付いているようだったからだ。

俺はが誰かにとられていくのを見ていることしかできないのだろうか。

俺は自分の想いを潰して、ただ見ているだけなのだろうか。

嫌だ。そんなの嫌だ。

それなら全てを壊してやる。

が誰かのものになる前に、全てを壊すしか道はない。

俺は自分がと兄妹として生まれ堕ちたことを怨む。この世が憎い。

仲間には悪いけれど、俺はやると決めた。

にも辛い思いをさせるかもしれないが、やるんだ。

全ては俺達が兄妹として生まれ堕ちたことが間違いだったんだ。

怨むのはこの世の残酷さ。憎むのはこの変えることのできない俺達の運命。

今なら死さえも怖くない。怖いのはただが誰かのものになることだけなんだ。』