僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「あ、向日!」「向日先輩どうしたんですか!?」
建物の壁にもたれて座り込んでいる向日に駆け寄る。
向日は顔を上げ、弱弱しく微笑んだ。
「あ、ジローに長太郎・・・・・。」
「向日どうしたの?何かあったの?目、真っ赤じゃん!!」
「へへ、ちょっとな・・・・。それよりさ、長太郎はもう大丈夫なのかよ?」
作り笑いを浮かべて鳳を見上げた。
そう、向日はずっと気にかけていたのだ。
鳳は視線を泳がせ、再び向日に視線を戻した。
「はい。・・・・・・この度はすみませんでした。傷は痛みませんか?」
「おう。大丈夫だぜ!俺のことは気にすんなよな!俺は長太郎が元に戻って嬉しいぜ!!」
ニカッと笑って鳳を見上げた。
口元の傷が張って痛かったのか、少し顔を歪めていた。
「向日・・・・・・・・何があったの?言ってよ。」
「ジロー・・・・。」
じっと向日を見つめる。
向日の目が泳ぐと、ジローは口を閉ざした。
ジローが向日の前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。
向日は口を尖らせて俯いた。
「侑士が・・・・・・・変わっちまった。」
ジローと鳳は言葉を飲み込んだ。
ジローは顔を歪めたまま自分の膝に顔を埋める向日の頭をそっと撫でてやった。
「俺、アイツを救ってやりたい。・・・・・・アイツは・・・・俺しか救えない気がする。」
「向日・・・・うん。向日なら忍足を救うことができるはずだよ。」
「そうっスよ!先輩は忍足先輩のパートナーなんですから!!」
鳳の言葉に言葉がつまる。
それは忍足が別れ際に囁いた台詞が頭に過ぎったから。
だけど向日は、それを否定するかのように頭を左右に激しく振った。
あれは本心ではない。
きっと、また自分を偽って人を遠ざけるために言ったに違いない。
向日は一度、目を閉じると、笑顔で二人を見上げた。
「うん!そうだよな!!俺、頑張るぜ!!!」
宍戸と丸井は警備室へと向かい、千石と越前はを、不二と神尾が跡部をみることとなった。
何故か、仁王が立ち去ってから徐々には放心状態となり、意識を手放してしまったので、ずっとベンチで眠っている。
千石と越前はその前で胡座をかき、座った。
不二と神尾は跡部を連れて仁王を追って丸井達が来た道を戻った。
跡部は黙ったまま何を考えているかもわからず、ただ不二と神尾のあとを言われた通りに、少し離れたところから黙ってついてきている。
不二は時たま振り返ると、跡部の存在を確かめていた。
「・・・・仁王さん、変わっちゃったんスね。」
「うん。僕の考えが正しければ・・・彼自身、薄々気付いてたんじゃないかな。ずっと前から。」
不二はちらりと後ろを振り返る。
跡部がポケットに手を入れてゆっくりとついてきていた。
不二は再び前を向くと、前髪で隠れた神尾の横顔に視線を向けた。
「気付いてたって・・・・アレをっスか?」
「アレ・・・うん。そうだね。この物語の真実を・・・仁王は知っていたんじゃないかな。」
「真実・・・ね。」
神尾はあの棺を立入禁止区域で見たあとのことを思い出し、首を左右に振った。
知ってはいけなかった。
そんな気がしてならなかった。
自分達は、どこで間違ったのだろう。
変えることの出来ない運命に、翻弄されて本当の自分を忘れてはいないだろうか?
全員が前を向かなきゃ終わらない物語。
確かに自分がこの世に残した物語なんだ。
「・・・・腹減りません?」
「言わないでよ。気にしないようにしてたんだから。」
「だって俺達、袋置いてきちゃいましたもん。せっかく食おうとしてたのに・・・。」
ガックリと肩がうなだれる。
本当に腹が空いているのだろう。
微かに腹の音が聞こえた。
そんな神尾を見て不二は困ったように笑った。
「じゃあ何もかもが終わったら跡部にでもご馳走してもらおうか。」
「あ、それいいっスね!俺ラーメン食べたいっス!」
「そんなのでいいの?神尾は欲がないんだね。」
「だって俺、跡部さんが食べてるような高級食・・・・・絶対口に合わないっスよ。」
「クスッ、彼とは住む世界が違うからね。」
「本当それっスよ・・・・・・・・・・・・・・ってあれ?」
神尾が後ろを振り返る。
神尾の間抜けな声に、不二も振り返ってみた。
しかしそこには誰もいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・困ったね。」
「跡部さんいなくなっちゃいましたよ!!?」
「迷子になっちゃったのかな?」
「・・・・・・・・・うわあ、最悪っスね。」
不二が携帯を取り出し、電話をかける。
相手は越前だ。
電源を切っているのかはわからないが、繋がらなかった。
不二は諦めて携帯を閉じる。
「まあ、そのうちひょっこりと誰かの前に現れるだろうね。放っておいてもいいかな。」
「放置プレイっスか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・どうだろうね。」
携帯の背面ディスプレイに目をやる。
閉じていた不二の目が薄ら開いた。
「・・・・・・・時計が・・・・・動いてる。」
「え?」
「一体いつから!?まさかっ・・・・・・!!」
不二は空を見上げる。
太陽が西に傾いているのが見えた。
不二の目は完全に見開いていた。
驚きを隠せていないようだった。
「・・・・・・・・・・これは大変なことになったね。」
携帯を握る手に力が篭った。