僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「侑士!待てよ!」
ぴょこぴょことあとをついて行く。
忍足は気にすることなく前だけを見つめ、歩く足を速めた。
向日は一度立ち止まり、頬を膨らませて再び加速をつけてあとを追った。
「岳人。俺についてきてどないするつもりや?」
「どうするって・・・・あ、を跡部のところに置いてきちまった!」
「アホ。」
呆れた溜め息を吐くと足を止めた。
忍足にぶつかりそうになった向日は、踏み出しそうになった足に力を入れて止まった。
「早よ戻り。俺についてきたかて何もないで。」
「え?」
「俺はただ歩いとるだけや。そやから早よんとこ戻り。」
「な、何だよそれッ・・・・!」
ムッとして拳を握り締めた。
忍足の視線は冷たく、早く何処かへ行ってほしいという思いが強く感じとれた。
息苦しい。
向日はその息苦しさを追い払うかのように首を左右に激しく振った。
「お前はいつも一人で何でも背負い込んでッ・・・・・お前は気を遣ってるつもりかもしんねえけど!こっちにとっちゃ有難迷惑なんだよ!!」
自分より背の高い忍足を見上げる。
涙を堪えているのか、目には大粒の涙が瞳を揺らしていた。
大きな瞳は無表情の忍足を映した。
「・・・・・別にそんなつもりあらへん。俺はただ一人にしてほしいだけや。」
「何でだよ!何でそうやって人を遠ざけて何も言ってくんねえの!?俺じゃ侑士の相談役は無理だってのか!?」
風が二人の間を擦り抜ける。
忍足の少し伸びた髪の襟足を揺らす。
忍足は表情を変えずに向日の頭の上に手を乗せた。
向日は視線だけを上に向けた。
「そうやな。お前じゃ役者不足なんや。岳人。」
すまんな。
耳元で聞こえた忍足の声がこだまする。
向日はその場から動けなくなった。
忍足が微笑みだけを残して立ち去った。
一人、残された岳人は堪え切れなくなって流れた涙を両手で擦り取った。
「チッ、千石!何突っ立ってやがる!さっさと逃げろ!」
跡部の声も聞こえていないのだろう。
血の出る右手を押さえ、動けずにいた。
「外しちゃった。次は首。」
は再び斧を振りかざす。
跡部が千石を突き飛ばし、庇う。
斧は再び地面に突き刺さり、鈍い音を立てた。
千石の血液がコンクリートにいくつかの小さな染みを作っていた。
「どうして逃げるの?殺してって言ったじゃない。」
「テ・・・メェは!千石がどんな気持ちで・・・お前にそう言ったのかわかんねえのかよ!!」
「・・・・ッ。」
千石は黙ったまま腕の痛みに堪えていた。
斧を抜き取り、虚ろな目をしているを跡部が睨む。
三人を見つめていた仁王は跡部に近寄る。
今度はそんな仁王に視線を向けた。
「怨まれて、憎まれて死んで・・・・自分を怨んでる相手にも優しいんやの。跡部様は。」
「何だと?」
「お人良しやと言うとるんじゃ。胸糞悪いの。」
口端を上げて笑う。
しかし目は跡部を捕らえたままで笑っていない。
仁王が跡部の肩に手を置き、耳元で何かを囁いた。
跡部の表情が変わる。
千石は目を伏せ、痛む腕を押さえる手に力を入れた。
「跡部!」
振り向く視線の先には宍戸と丸井がいた。
宍戸は上半身裸だが、丸井のジャケットを上から羽織っている。
「仁王!」
「!、・・・・丸井か。」
仁王は不敵に微笑むと、跡部から離れた。
宍戸と丸井は徐々に近づく。
跡部が強く拳を握り締めた。
「、あとは任せたぜよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・どこ行くつもり?」
仁王は背を向けて歩き出した。
が俯いたまま呟く。
仁王は足を止め、振り返った。
「全てが終われば戻ってくる。約束は守るから安心しんしゃい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「仁王!!どうしたんだよ!?この状況は一体ッ―――――!!」
丸井が擦れ違い様に仁王の腕を掴む。
仁王の視線に、言葉が詰まった丸井は思わず掴む手を離した。
仁王は再び歩き出す。
千石が一歩、の前に近寄り、血のついた左手で斧を持つの手を握った。
は一度手に視線を向け、そのまま千石の顔に移した。
「・・・・。」
宍戸は目を見開いてと千石を交互に見遣った。
の持つ斧には血。
腕を押さえ、血が止まる気配のない千石。
宍戸は目を疑った。
「・・・・ちゃん。」
「貴方は死にたいと願った・・・・だからやっぱり殺さない。」
は寂しそうな目をして笑った。
千石はの名前を呟き、口を閉ざした。
涙の乾いた頬を風が優しく撫でた。
「違う。そうじゃないんだ・・・・俺が言いたいのは・・実は・・「千石。」
背後からの声に千石の言葉が遮られる。
振り返ると不二が立っていた。
後ろには越前と神尾もいる。
不二はそっと薄手のハンカチを取り出し、千石の右腕に巻き付けた。
強く縛り、止血をする。
千石は痛さのあまり顔を歪めた。
「・・・・痛い?だけど我慢してね。こうでもしないと止まらないから。幸い傷は深くないみたいだからこれで大丈夫だと思うよ。」
「はは、それはラッキー。さすがは俺。」
苦笑い、渇ききった頬を掻く。
丸井が腕を組んで横目で千石を見た。
今ここにいるのは千石、不二、神尾、越前、宍戸、丸井、、跡部の八人だ。
しかし跡部とは黙ったままその場から動かないでいた。
瞳には何も映っていない。
「で、千石は今何が言いたかったんだよ?」
「え?俺何か・・・・・・言ったっけ?」
「はあ!?実は・・・って言ったじゃん!その続きは!?超気になるんだけど!!」
千石の両肩を掴んで揺さ振った。
千石は目をパチパチさせて目の前の丸井をまじまじと見つめた。
首を傾げ、必死に思考回路を巡らす。
けれども、思い出すことができなかった。
「・・・・・覚えて・・ないや。丸井君、メンゴ。」
「マジかよ!!気になるだろぃ!?思い出せ!死ぬ気で思い出せ!」
「思い出そうとはしてるんだけど無理だよ・・・。今、何で自分の腕から血が出てんのかも思い出せないんだし。」
不二の目付きが変わる。
千石は苦笑い、止まり始めた血を見つめた。
越前が不二に近づき、誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
神尾は横目でそんな二人を見つめる。
「不二先輩。何で千石さんの邪魔したんスか?」
「まだ言うべきことじゃない。そう思ったからだよ。僕たちが見てきたあの真実、まだ彼女には伝えるべきじゃない。」
「千石さんも見たんスよね。アレ。」
「・・・たぶん。それで意識を手放したんじゃないかな。そして今また自我を取り戻した。
だから覚えてないんじゃない?何を見たかまでは・・・。」
丸井と千石の言い争いに目を向ける。
丸井がキャンキャンと吠えていた。
そして跡部に視線を向けると、彼はじっとを見つめていた。
切なそうに、だけど決して口にはださずただじっと、だけを見つめていた。
跡部は何度も拳に力を入れる。
頭の中でこだまするのは耳元で囁かれた仁王の台詞。
『俺のための悪役、ご苦労さん。』
この言葉が何を意味するのかなんて、誰にもわからない。
真実を知るとき、全てがわかる。
その時まで、俺達は足掻き続けるんだ。
お前と約束したからな、ジロー――――――――――――