僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
わかっているけど素直じゃない俺だから。
「さん達・・・何か雰囲気怪しくないッスか?」
千石の背中とその向こうに、跡部がしゃがみ込んでいるのが視界に入ると、越前が不二の裾を引っ張り、前方を指をさした。
不二は指の先を辿り、目を凝らした。
千石の手には斧。
いい雰囲気とは言えない。
神尾が一歩、前へと踏み出した。
「千石さんがまた狂っちまったんだ!さん達を助けに行かないと!!」
「神尾、待って。」
「不二さん!?」
神尾の腕を掴み、その場に止まらせる。
不安げな表情で神尾は自分の腕を掴む相手に振り返った。
「もう少し様子を見てみよう。今は行かない方がいい。」
「・・・・不二先輩?」
越前が不二を見上げ、独り言のように名前を呟いた。
不二の目はと跡部の向こうから歩いて来ている人物を捕らえていた。
眉間に深く皺が入る。
「越前、神尾。」
「何スか?」
神尾が返事を返す。
越前は無言で顔を上げた。
「よく見ておくといい。ここからが本番だから。」
「ジロー先輩!いい加減起きて下さいよ〜!!」
そろそろ痺れを切らし始めた鳳は再びジローの体を激しく揺さぶり始めた。
再び頭をガクガクと揺らし、さっきより垂れているヨダレが顎を伝った。
それを見て鳳は少し顔を歪めた。
念を押すと、彼は綺麗好きだ。
「ねえ、長太郎〜・・・・・・・。」
「はあ、・・・・・・・・・・・・・起きてたんですか?」
「うん。」
ジローは鳳に背中を向けるように寝返りをうった。
鳳がその隣で胡坐をかいて座った。
鳳からは背中しか見えないが、ジローの目は開いている。
「雪って・・・・・・・冷たいね。」
横目でジローの背中に視線を向ける。
ジローはコンクリートの上に溶けずに残る雪を指でなぞった。
指の体温で少し、雪は水へと姿を変えた。
その上にまた空から落ちる雪が重なる。
その繰り返しをジローは目で追った。
「温かいですよ。雪は・・・・・・・。」
雪を溶かしていた指を止める。
ジローからは鳳の表情が見えない。
しかし、寝返りをうつ気は起こらなかった。
それは自分の今の顔を見られたくなかったからでもある。
自分は今、とてつもなく情けない顔をしているだろうから。
「冷たいよ?」
「温かいですよ。」
「長太郎の皮膚、神経通ってるの?」
「失礼ですね。通ってますよ。」
再び雪を溶かして遊ぶ。
淡々とした鳳の返事が今は心地よかった。
笑いを含んだ鳳の声に、安心感がわく。
眠気が襲ってくるのを必死で我慢していた。
「だって、雪が溶けたら春になるんですよ?そんなことを考えてたら心が温かくなってきません?」
鳳は足を伸ばし、体を仰け反って後ろに手をついた。
喋るたびに白い息が空を舞う。
ジローの背中はビクとも動かない。
ジローは自分より一つ年上なのに、そんな背中が、少しちっぽけに見えた。
「長太郎って・・・・・・ロマンチストだね。」
「はは、そうですか?俺的にはジロー先輩もだと思いますよ?」
「だってほら。俺は乙女だから・・・・・。」
自分で言っておきながら何が言いたいのかわからなくなってくる。
ジローは混乱しそうな頭を起こし、鳳に背中を向けたまま胡坐をかいて座った。
そんなジローを見て、鳳は苦笑った。
「春になったら・・・・・跡部ん家でみんなでお泊りしたいなぁ。」
「あ、それいいですね。そういえば今年の夏はみんなで跡部さんの別荘のある海に行きましたよね。」
「そーそー。あの時さぁ〜・・・・俺、浜辺で寝てて波に攫われそうになったのを忍足が助けてくれたんだよね。」
「あとは・・・・向日先輩が足攣って溺れそうになったのを宍戸さんが助けに行って二人して漂流しちゃったなんてことありましたね。
なかなか帰ってこないから何があったのかと思いましたよ。俺あの時心配で心配で・・・・。」
「あれって結局、近くの岩場に避難してたんだっけ?」
「はい。跡部さんが捜索隊呼んで・・・・・大変でしたね。」
「本当、俺達って行くところ行くところで何かあるよね〜。」
ジローが嬉しそうに微笑む。
見えはしないが、それを雰囲気で感じ取った鳳は、自分も笑った。
ふと、ジローの表情が変わる。
空を見上げ、切なそうな目を雲に隠れる太陽に向けた。
「好き。」
開き切っていないジローの口から弱弱しい二文字が発せられる。
鳳は聞こえているのか、聞こえているのかはわからないが気にすることなく同じく空を見上げている。
雲から太陽が少し、姿を現していた。
「みんな好きなのに・・・・・・どうしてこの苦しみは消えないの?」
できることなら、この気持ちを知らないまま過ごしたかった。
みんなを憎む気持ちなんていらない。
この道は通らなくてはいけない道だったのだろうか。
知らないまま、生きていてはいけなかったのだろうか。
この気持ちに勝てない自分が、一番大嫌いだ。
いつから自分はこの雪のように冷たい心になってしまったのだろう。
「誰も嫌いなんかじゃない。わかってる。だけど・・・・・・・・
ただを・・・・・・誰かにとられるのが怖い。とられたらきっと、また同じことが繰り返される気がする。」
「さんをとられるのを恐れてるのなんて、ジロー先輩だけじゃないっスよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・長太郎。」
「俺だって誰かにさんをとられたら嫌です。」
鳳は伸ばしていた足を曲げた。
ジローが振り返ると、優しく微笑む鳳と目が合った。
ジローの瞳は戸惑いを隠せないようにゆらゆらと揺れていた。
「だけど、とられる気なんてさらさらないですから。」
「・・・・・・・・・・強気だね。」
「あれは過去の話です。今、さんはまた別の人として生まれ変わったんです。チャンスはまだまだありますもん。」
「それはそうだけど・・・・・・・。」
「正々堂々と皆さんとぶつかって、それで誰かにとられたんなら俺は・・・・・・・さんを手放すことができると思うんです。」
過去の自分は誰ともぶつからずして、死んでいった。
そんなの納得ができるはずがなかった。
自分達は誰とも戦わずして勝手に跡部だけのせいにして、逃げていた。
本当ならあの時、をかけて全員がぶつかり合っていれば何かが変わっていたかもしれない。
ジローは鳳の言いたいことの意味を理解し、黙って風の音と鳳の声に耳を傾けていた。
「だから、もう・・・・・・・後悔はしたくないんです。」
「・・・・・・・・・うん。」
「さんも、皆さんとの友情もどちらも護りたいんです。」
「うん。」
「無理な話ではないはずです。俺達の心の持ち様なんです。」
「うん・・・・・・そうだね。」
鳳の一言一言に頷くジロー。
いつしかジローの頭には微かに雪が積もっていた。
鳳がそれを払い落としながらニッコリ笑った。
「ま、負ける気はしませんけどね。」
「俺だって負けないC〜。長太郎なんて敵じゃないね。」
「あはは、油断していたらあとで泣き見るのはそっちですから。ジロー先輩!」
拗ねるように口を尖らすジローと、にこにこと微笑む鳳の視線が交じり合う。
火花が飛んだ・・・・・・・・気がした。
「あ〜・・・・やっぱ・・・・・・長太郎は腹黒いから要注意かな??」
「ジロー先輩に言われたくないですよ。でも、そうですね。あえて言うなら初めから戦力外なのは・・・・・・・」
鳳の言おうとしていることがわかったのか、ジローがニヤリと笑う。
それを見た鳳が口端を上げ、笑った。
二人して笑い合うと、同時に肩で息を吸った。
「「向日(先輩)と宍戸(さん)!!」」
彼らの鈍さと彼らがあまりにも純粋であるため。
ジローと鳳は顔を見合わせて笑った。
温かな太陽は、完全に雲から姿を現していた。