僕たちは、信じていた。



この
真実から逃げたくなかった。































「・・・・・ッ。」

 

 

 

 

 

確かに振り下ろされた千石の斧。

は痛みを感じなかったことに違和感を感じ、そっと目を開ける。

膝を立ててしゃがみ込み、を庇うように抱きしめていた跡部も目を見開いた。

 

 

 

 

 

「せ・・・んごく、く・・・ん?」

 

 

 

 

 

振りかざした斧はの横擦れすれに突き刺さっていた。

柄はまだ千石に握られていて、彼はまだ俯いている。

が名前を呼ぶと、千石の肩がぴくりと揺れた。

 

 

 

 

 

「せ・・・千石君?」

「キヨ。」

「え?」

「キヨって呼んでって言ったでしょ?忘れちゃった?」

 

 

 

 

 

顔を上げた千石は切なそうに微笑んだ。

言われて初めては思い出した。

が、しかし、今急にそういうことを言われたって思考回路が追い付かない。

何と返せばいいのかわからず、間抜けにも口を開けたまま千石を見上げるだけ。

 

 

 

 

 

「どうして殺さなかった・・・千石。」

 

 

 

 

 

跡部の眉間に皺が深く刻まれた。

は横目で跡部を見つめる。

遠くの方で不二や越前、神尾が歩いているのが見えた。

こちらに気付いたようだ。

越前が指をさしながら不二に何か言っている。

 

 

 

 

 

「・・・・・殺せないんだよ。」

「・・・・・え?」

ちゃんも・・・跡部君も。殺せるはずがないじゃん。」

 

 

 

 

 

流れる一粒の涙。

コンクリートに作る染みが一つ、また一つと増えていく。

上げられた千石の顔にはさっきの切なそうな表情のまま。

瞳には溢れる涙が零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憎い。・・・・・殺したいほど憎い。だけどそれ以上に大好きなんだよ・・・・二人とも。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り下ろされた斧。

あの時、柱に刺さったのは偶然なんかじゃない。

丸井に撃たれ、意識が朦朧としていたからでもない。

あの時も今と同じ、自分でわざと外したのだ。

殺せるはずがなかった。

どんなに憎くても、どんなに怨んでいたって・・・・。

 

 

 

 

 

ちゃんを殺すことなんて俺には・・・・俺達には初めからできやしなかったのにね・・・・。」

 

 

 

 

 

千石が柄を放し、斧は地面に音を立てて倒れ落ちた。

は震える手でその斧にそっと触れた。

 

 

 

 

 

「それで俺を殺しなよ。」

「なっ、何言ってんの!?無理だよ!!」

「俺は君を殺そうとしたんだよ?またいつ殺そうとするかもわからない。早く殺してよ。」

 

 

 

 

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔で微笑む。

の胸は息苦しくなって千石から視線を反らした。

殺せるはずがない。

斧に触れる手を退けようとしたその時、背後に人の気配を感じた。

それは跡部も同じだったようで、同時に二人が振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で殺さないんじゃ?殺してやりんしゃい。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコリと微笑む仁王。

ポケットに手を入れたまま突っ立っている。

は体中の血液が逆流するような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

「仁王・・・・君。」

「憎いだろ?コイツらが。」

「何?」

 

 

 

 

 

跡部の目付きが変わる。

仁王はただ一人、跡部だけを冷めた目で見下していた。

 

 

 

 

 

「ほら、。お前の幸せを奪った奴らを殺せ。」

「・・・・・ッ。」

 

 

 

 

 

仁王の目は笑っていない。

視界が揺らぐ。

はズキズキと痛む頭を抱え込み、必死に意識を保とうとした。

しかし痛みは増す一方。

頭が割れるように激しく響いていた。

 

 

 

 

 

「や、やだ!やだ!!」

!?」

 

 

 

 

 

跡部が肩を揺さぶる。

千石は肩で息をしながら虚ろな瞳でを見下していた。

 

 

 

 

 

「やだ!私はッ・・・・・やだ!」

。落ち着け。」

 

 

 

 

 

震える体を抱きしめる。

の中で何かがざわめきだしていた。

仁王がそっと斧を持ち上げ、に差し出す。

怯える目で仁王を見上げると、仁王は微笑みながら頷いた。

跡部はそんな二人のやり取りを見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「約束・・・・・・・じゃろ?」

「や・・・・くそく?」

「そう。俺は最後でよか。先にコイツらを殺せ。」

「仁王てめえ!!!」

 

 

 

 

 

跡部が仁王の胸倉を掴み、立ち上がる。

は仁王から斧を受け取ると、それを見つめた。

腹の底から沸々と煮えたぎるこの想いは何だろう?

いらないと思っても増え続けるこの気持ち。

自分では抑えることのできないこの憎悪。

 

 

 

 

 

、思い出せ。お前の人生を台無しにした奴らのことを。」

 

 

 

 

 

目に浮かぶ光景。

大切だった大好きな仲間が真っ赤に染まっていく瞬間。

生きてと言われた。

春を見ようと交わした彼との約束。

真っ赤に染まった家の真ん中で笑った彼の姿が目に焼きついて離れない。

私を助けて死んでいった彼。

裏切って死んでいった彼も。

みんな、幸せになることを願いながらも友を怨んで死んでいった不幸な人たち。

自分もその一人なんだ。

たとえ原因が自分の存在だったとしても・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・どんなに願っても・・・・幸せになんてなれない。」

・・・ちゃん?」

 

 

 

 

 

はゆらりと立ち上がり、顔を上げた。

手にはしっかりと斧が握られている。

千石が様子の変わったを虚ろな瞳で見つめる。

は――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな・・・・死ぬんだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪はまだ溶けない。

 

物語は終わりを知らない。

 

だから僕らは今、

 

終わらせるための手段を手探りで探しているんだ。