僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
誰もがみんな貴方を憎んだわけじゃないんだよ。
「跡部君!」
「あかん!、跡部から離れ!」
跡部君から私を引き離す。
忍足君の掌は汗が少し滲んでいた。
何か、緊迫した雰囲気を感じる。
「ゆ、侑士!まさか跡部って・・・!」
「ああ、そうや。コイツも変わってしもたで・・・・。えらいこっちゃ。」
口調とは反対に、忍足君が私を背に隠しながら引き攣った笑顔を浮かべた。
まるでこの時を待っていたかのようだ。
跡部君はゆっくり顔を上げる。
「何見てんだよ。まだ俺を殺し足りねえのか?ああ?」
真っ直ぐな視線が忍足君を貫く。
綺麗な顔だけに迫力がすごい。
しかし忍足君も負けないくらい鋭い視線を跡部君に向けた。
一触即発。
私と向日君は蚊帳の外だ。
「アホ言うなや。お前殺したら俺捕まるっちゅうねん。この歳でまだ警察の世話にはなりたないで。」
忍足は髪を掻き上げ、深く溜め息を吐いた。
そんな態度が気に食わなかったのか、跡部君の眉間に皺が寄った。
「そんなに殺したければ殺せばいい。お前らは俺を怨んでんだろ?憎くて・・・憎くて仕方ねえもんなあ?」
ククッと喉で笑う。
だけど目は笑っていない。
嘲笑うかのようなその視線。
ああ、彼もまた、何かを怨んで死んでいった一人なんだ。
「何もかも・・・・全部俺のせいなんだろ?だったら殺せよ。殺せばいいじゃねえか。なあ?
早く殺せ。簡単だろ?初めてじゃねえんだしよ!」
「跡部!」 「跡部君!」
忍足君の手首を掴み、自分の首へと誘導する。
跡部君の喉仏に忍足君の親指が宛てがわれた。
「・・・・・・自分、ほんまきっついわ。」
「あ?」
俯き加減だった忍足君が今まで見たこともないような複雑な表情で顔を上げた。
同時に跡部君の表情も険しくなる。
私と向日君は居ても立ってもいられない気持ちで見守り続けていた。
今すぐにでも止めに入りたい気持ちでいっぱいだけれど、下手に手出しができないことをわからないほど、私達二人は馬鹿ではなかった。
「自分、俺がどんな気持ちか考えたことあるんか?俺がどんな気持ちでお前の側におると思ってんねん!」
「侑士!」
「・・・・・・・・・・。」
忍足君は首を絞めさせられていた手で跡部君の胸倉を掴む。
眼鏡の奥の鋭い瞳が跡部君の冷めた瞳と交じり合った。
「知らねえな。さしずめ、俺を殺す機会でも窺ってたのか?」
「な、何やて・・・・!?」
「お前も・・・・・・俺が憎いんだろ?」
忍足君の瞳が大きく揺れ、跡部君を間近で見つめる。
でも、そんな忍足君の表情もすぐに元へと戻り、視線を外した。
「・・・・・・・・・・・・そうか。そう取るんやな。」
「ああ?」
「ええわ。もう知らへん。勝手にしい。」
「忍足君!」
忍足君は跡部君の胸倉を乱暴に放し、さっさと背中を向けて歩き出した。
向日君が追い掛けて腕を掴むけど、その手も力で振り払い、歩き続ける。
向日君も負けずに後を追って行く。
曲がり角で二人の姿が見えなくなり、やっと自分が跡部君と二人になったんだと気がついた。
「・・・・何ビビってんだお前。俺が怖いってか?」
「ち、違ッ、ビビってなんかないよ!」
「じゃあ止まれよ。逃げるんじゃねえ。」
「や、キャア!」
後ろに後退る私の手首を握る。
痛い。
抵抗してみても顔色一つ変えない。
今までの中で一番力が強い気がする。
誰か助けを呼びたくても声が出なかった。
だって、今私は跡部君に抱きしめられているから・・・・。
「な、何!?」
「黙れ。」
「はあ!?」
後頭部を押さえつけれられ、跡部君の胸に顔を無理矢理埋めさせられる。
苦しいとか言う前に驚きだ。
まったく予想していなかった展開に、私は戸惑った。
「あ・・・・と「喋るな。」
口を閉ざす。
ドキンと胸が高鳴った。
跡部君の腕に力が篭り、息苦しさを実感する。
背後から足音が聞こえる。
コンクリートの上を、スニーカーか何かがじゃりっという鈍い音を発しながら。
「まーたこんなシーンを見せ付けられちゃうの?俺。」
揚々としている声。
いつかも聞いたこの声に、私の体がびくりと反応した。
この声が、誰のものなのかわかるまで
―――――――――――――――――――・・・あと三十秒。