僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「ぎゃぁぁぁあああああ!!!」
みるみるうちに落ちていく私の体。
頭の中は真っ白で、ただ雪の舞い降ちる空が目に映るだけ。
私は目をぎゅっと閉じ、いろいろと覚悟した。
そりゃあ最悪死ぬだろうし・・・。
「!」
私を包み込むように誰かが抱き寄せ、そのまま私は体に大きな衝撃を受けた。
はずなんだけどそれほど痛みはない。
それに、心臓の音もまだ鳴り止まない。
恐る恐る目を開けたと同時に飛び込んできたのは誰かの胸板。
抱きしめられたままで目の前が全く見えなかった。
「おい長太郎!!生きてるか!?」
宍戸君の声が頭上から降ってくる。
ってことは私を抱きしめてるのって・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・宍戸・・さん?・・・・う゛、・・さん・・だ、い丈夫・・・ですか?」
「お、鳳君!!」
鳳君の腕の力が緩み、私は起き上がる。
その反動にまた体が揺れた。
周りを見渡すと、どうやら私達は観覧車とコーヒーカップの乗り場を繋ぐ緑色のテントの上に落ちたようだった。
何て強運なんだろう。
少し動くだけで揺れるのが怖い。
いつ穴が開いて落ちるかもわからないのだから。
「お、お前ら!怪我はねえか!?」
今度は下から声がする。
体を乗り出して見てみると、丸井君が心配そうな顔付きで私達を見上げていた。
その隣には切原君もいる。
彼を見るのはずいふんと久しぶりだ。
たぶん彼が行方不明になってから一度も会ってなかった気がする。
最後に会った時と違って、顔にたくさん傷がついていた。
「降りれますかね・・・・?」
「まあ大丈夫なんじゃね?降りてみろよ長太郎。」
「ええ!?俺ですか!?」
いや、この高さは怖いだろう。
たぶん、いや絶対、足折れるって!
下から見上げている丸井君と切原君がちょっと小さく見えるんだもん。
引き攣った顔で下を覗き込んでいる鳳君を見て、私はふと、鳳君が元に戻っていることに気付いた。
「ちょっと・・・・これは無理ですよ宍戸さん!」
「ああ?やってみなきゃわかんねえだろ?」
「この高さは怪我する高さですって!他に降りるところないんスか!?」
「あ、あそこに梯子があるよ!あそこから降りれるんじゃない!?」
私がキョロキョロ辺りを見渡してみると、案の定、梯子がひっそりと壁にへばり付いていた。
鳳君が助かったと言う表情で梯子に目をやる。
私もここから飛び降りなくてすんで、ほっとした。
宍戸君ってちょっと横暴だよね・・・・・・。
まあそのおかげで今回は助かったんだけど・・・。
よくよく考えてみると、彼には二回も助けてもらっちゃった。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
「よっと。」
最後、宍戸君が降りると、みんなからは安堵の溜め息が漏れた。
さっきまでいなかった幸村君と跡部君、ジロー君もその場にいた。
「みんな無事でよかったよ。怪我はない?」
「おう、俺はないぜ。」
「私もない・・・・・です。大丈夫。」
私の隣で俯いたまま黙っている鳳君に視線が行く。
少し、震えているようにも見えた。
顔を覗き込んでみると、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「鳳?」
ジロー君が鳳君の肩に手を置き、心配そうに覗き込む。
鳳君の拳に力が篭った。
「・・・・・・・・・・・・すみません。さんも・・・宍戸さんも・・・・。」
自分の名前が出てきたことに私は驚いた。
宍戸君は黙って鳳君の前まで歩み寄ると、自分より背の高い鳳君の頭をわし掴んでぐしゃぐしゃと撫で回した。
「オラ!何辛気臭い顔してんだよ!!」
「い、痛ッ!ちょ、宍戸さん!!」
「ったく、世話の焼ける後輩だぜお前はよ!!」
鳳君から手を離すと、宍戸君は不器用に微笑んだ。
それを見た鳳君は少し戸惑い、視線を俯かせた。
まだ、彼は謝罪の気持ちでいっぱいのようだ。
私から言わせてもらえば、誰も鳳君を責めることなんてできるはずないのに・・・・・。
誰も鳳君が悪いなんて言える立場の人はここにはいない。
だからそんなに自分を責めないで・・・。
そう言えたらよかったのだけれど、私は苦しさで喉がつまり、声が出なかった。
「もうあんな怖い思いはごめんだからな!観覧車から落ちるとか・・・・・・はあ、思い出すだけで汗出てきた。」
「紐なしバンジーだね。宍戸すっげえ!カッコE〜!!」
「ハッ、二度としたくねえな!」
宍戸君は頭を掻きながら心底嫌そうな表情を見せた。
私も二度としたくないと心から思う。
紐があるバンジーだって怖くてできない人がたくさんいるってのに、初めてやったのが紐なしバンジーなんて・・・・・。
私達はとても勇敢だよね。
「落ちる瞬間、是非見たかったよ。残念だな・・・。」
「部長・・・・・本当に残念がらないで下さいよ。」
「ふふ、赤也。なら、お前が俺のために落ちてくれるかい?」
「ははははは、絶対ぇ嫌っス。」
笑顔の幸村君に対し、切原君からは乾いた笑い。
そんな中、鳳君が顔を上げ、跡部君と見つめ合った。
彼もまたここに来てずっと口を閉ざしていた。
それに気づいたジロー君が二人を見つめる。
「あ、跡部部長・・・・。」
「何だ?」
二人が話し出したのに気づいたみんなは、二人に視線を向けた。
跡部君が口を開いた瞬間、何故かそこには緊迫した雰囲気が漂った。
「俺、一足先に変わらせてもらいます。」
ジロー君が目を見開いた。
跡部君は黙ったまま腕を組んだ体勢で鳳君を見つめる。
私は何のことを言っているのか理解できず、ただ鳳君の真っ直ぐ見据えた横顔を見つめていた。
「強く・・・・なります。」
「長太郎・・・・・。」
「俺、負けません。もう過去の自分に囚われたりしません!」
先ほどまでの鳳君とは違い、口調がハッキリしていて、彼の目もしっかり跡部君を捕らえていた。
急にどうしたのだろう。
宍戸君に視線を向けてみると、彼は不敵に笑っていた。
頷きながら、こころなしか嬉しそうだ。
「さん、俺は・・・・頑張って強くなります。」
「・・・・・・・・・・・・・鳳君。」
「だからあの時、宍戸さんに邪魔されて言えなかったこと・・・・・・・・・・いつか聞いてくれますか?」
宍戸君は「俺?」と呟いて、何か不満そうな表情を見せた。
私は黙って頷くと、鳳君はふんわりと笑った。
ずっと苦しそうな表情をしていた鳳君の笑顔が、かなり久しぶりに見れた気がする。
本当はさっき観覧車の中で見たんだけど・・・・・。
でもあの時とは違って、心から笑っているようだった。
私もつられて笑う。
その隣でまだ宍戸君は眉間に皺を寄せて何のことか、必死に思い出しているようだった。
「宍戸何かしたのか?」
「し、知らねえって!」
「じゃあ鳳の奴、に何の約束してんだよ?」
「俺は何も知らねえ!わかんねえよ!!」
宍戸君の肩を組み、丸井君が何やら耳打ちを始める。
内容は聞こえないけれど、宍戸君の口調が妙に怒っているような気がした。
だって声でかいし・・・・・・・・。
「鳳も隅に置けないな。そう思わないか?跡部。」
「アイツはああ見えても裏ではかなり計算高い男だぜ?ジローみたいだな。」
「俺計算高くないC〜。全部素でやってるんだって!」
「いずれにせよタチ悪いっスよ。」
そんな笑い合う私達の後ろで、時計の針が再び小さく揺れたのに気づく人は誰もいなかった。