僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「か、監督!!!」
警備室の扉を開けると、そこには監督がいた。
思わず裏声で叫んでしまい、向日は口を押さえた。
「・・・・・・・・・・・・忍足、向日か。」
「な、何で監督がいてはるんですか!!?」
モニター前の椅子に深々と座っていた監督が振り返る。
忍足と向日は開いた口がふさがらなかった。
モニターには今、必死で動いている仲間がちらほらと映っていた。
「いてはいけなかったか?」
こめかみに指を当てながら忍足と向日に視線を向ける。
向日の肩が揺れた。
予想外の返答に忍足は躊躇した。
「監督は・・・・え?マジで!?監督、え?」
「落ち着き、岳人。」
時間差で混乱する向日。
忍足が宥めるも、どうやら無意味らしい。
それもそのはず、時間が止まっているこの場所には自分達だけしかいないと思い込んでいたからだ。
係員もいなかったため、完全にそう思い込んでいた向日にとって、監督の登場は少し度肝を抜かれたようなものだ。
忍足にいたっては、宍戸からいなかったと聞かされていたので、更に驚きである。
「私はずっとここにいた。宍戸が一度ここに来たのも知っている。」
「え!?」
真顔で受け応えをする監督に忍足は少し、恐怖を感じた。
もう心臓はずっと音を鳴らし続けている。
向日は立っていることすらできないのか、その場にへなへなとへたり込んだ。
「その時は少し、隠れさせてもらったんだが・・・・宍戸は気づかなかったようだな。」
「何でそんなことしたんですか!?」
「あの時点でお前達はまだ過去を知っていなかったじゃないか。だからだ。」
「!!」
忍足は呆然と立ち尽くした。
足を組み、こちらをじっと見つめている監督が、今はいつもの監督に見えなかった。
監督の後ろで、モニターがを抱えて走っている鳳を映し出していた。
「もう隠す必要はないな。お前達二人に話してやろう。」
「え、観覧車!?」
鳳君は観覧車に乗り込むと、私を降ろしてくれた。
私達の乗った観覧車が地上から離れていく。
観覧車は本来、外から扉を閉めるものなので、扉は開いたままだ。
怖い。
下手したら落ちるじゃないか。
「す、すみませ・・・・・・・・俺・・・・・怪我とかないですか!?」
「え、は?ええ!?」
「え、どこかあるんですか!?すみません!俺のせいですよね!?」
本気で心配そうに私の手を握る鳳君。
何だ?
何がどうなってるんだ?
先ほどの彼との打って変わったこの態度。
私は混乱してまともな言葉を発することができなかった。
「あ、だ、大丈夫だから!私何ともないよ!?そ、それより手!」
「へ?手?」
「鳳君手から血が出てるじゃん!貸して!」
鞄からハンカチを取り出すと、そっと鳳君に巻いてやる。
鞄の中からはさっき仁王君から貰った豚が覗いていた。
つぶらな瞳が怖い。
「あの・・・・・すみません。俺、さっきから意識が飛んだり跳ねたりするんです。」
「そ、そうなの・・・・?ってことは鳳君も不二君達みたいに・・・・・ってことだよね。(跳ねたりはしないだろう。)」
「・・・・・・・・・・・・・本当はわかってるんです俺。」
「・・・・・・・・?」
鳳君は応急処置を終わらせた手を見つめる。
向かい側に座った鳳君は少し、この観覧車には狭そうだった。
「憎しみも、怨みも・・・・・・・・・・その感情が“嫌い”ではないってことを。」
「・・・・・・・・・・どういう、意味?」
鳳君は困ったように笑った。
先ほどの笑顔とはまったく違う可愛らしい表情だった。
さっきのあの作ったような笑顔は幻だったんじゃないかって思えてしまう。
「あ、さん!よく考えたら初めてですよね?こうやって落ち着いて話すの・・・・。」
「そういえば・・・・初めてだね。いろいろそれどころじゃなかったし・・・・。」
鳳君が突然、照れたように笑う。
あまり話してはいないけれど、本来の彼は穏やかな人なんだとわかった。
何度も言うけどさっきの彼とのギャップが激しすぎる・・・・。
「俺、わかったことがあるんです。あの過去話を聞いて・・・。」
「過去話って・・・・向日君が話してくれた?」
「はい。さん、不思議に思いませんか?さんを除く俺達十四人は顔見知りだった。だけどさんは初めて会ったにも関わらず、あたかも初めから知り合いだったようにみんなに馴染んでいた。」
「・・・・・・・・・・確かに・・・・不思議かな?」
そういえば、豹変した不二君から二人で逃げた時、丸井君にも言われた。
私は話しやすい、と。
それは過去に一緒にいたから?
懐かしい感じがするのは過去に私達は共に生きていたから?
鳳君に言われて初めて気づいた気がする。
「みんな、さんが好きだから・・・・・死んだって気持ちは変わらないんですね。」
「は?」
「だから、みんなさんを好きなんですよ。昔も、今も。」
キョトンとした表情で私を見る。
私の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
何を抜かしてんだこの男は!!
そう、あれだ。
天然と言う名の凶器だ。
あ、何かこの台詞、前に誰かが言ってたな・・・・・。
仁王君だったっけ?
「みんな・・・・・嫌いなんかじゃないんです。誰も・・・・・・。好きだから・・・お互いに好きだから憎しみ合って怨み合う。・・・・・・・嫌いな人なんて誰もいないんです。」
「・・・・・・鳳君。」
「そのことをみんな、気づかなきゃいけないんですよ。気づいている人もいるみたいですけど・・・・・・気づいているうえで自分と葛藤している人もいるみたいですね。ジロー先輩とか。」
「ジロー君・・・か。・・・・・・・・うん。そうかもしれないね。怨んだりするのは好きだから・・・・なのかな。」
鳳君は窓の外を眺めた。
反対側の扉はぐらぐらと揺れている。
ムードもへったくれもない。
しかし、危険な上にどんどん観覧車は回り続けていた。
頂上まではまだまだだけれど・・・・・。
「俺、仁王さんが嫌いなんて言ったけど・・・・・そんなことない。本当は仁王さんが羨ましいだけなんです。」
「仁王君が・・・・羨ましいの?何で?」
鳳君が困ったように笑った。
私は首を傾げる。
「言えません。」
「あ・・・・言えないの?いいじゃん。教えてくれたって・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・じゃあ聞きますよ?」
「え、何を?」
気がつけば鳳君が私の目の前まで来ていた。
手首を掴まれ、私は体を仰け反った。
眼つきが・・・・違う。
また、あの時の鳳君に戻ってる。
私の額に汗が滲んだ。
「どうして仁王さんを好きになったんですか?」
手首を掴む手に力が篭る。
押し返そうとしても力で敵うはずもない。
怖い。
鳳君じゃない!
私は震えが止まらなかった。
「な、何の話をしてんのよ!仁王君を好きなんて何にも言ってないじゃん!」
「俺達みんな貴女を好きだった。なのにどうしてさんは仁王さんを選んだんですか?」
「ちょ、や、誰か!」
腰に手を回され、逃げれない。
それにここは観覧車の中。
大声出したって誰も助けてくれやしない。
わかってるけど、わかってるけどどうにかしなきゃ・・・。
鳳君は私の言葉を無視して話を続ける。
本当、さっきまでの彼とは全然違っていた。
「さんが好きなのは仁王さんなのに・・・・責められるのは貴女の愛さえ貰えなかった跡部さんなんだ!」
「・・・・え?」
「そんなの・・・・・勝手すぎる!最初に手を出したのは確かに跡部さんだ。だけど・・・・・・酷いじゃないですか!あんまりじゃないですか!?」
鳳君の手が震えている。
瞳はゆらゆら揺れて、今すぐにでも泣き出しそうな表情だった。
私と鳳君は鼻が触れるほどの擦れ擦れの距離だ。
そんな鳳君を見ていると、私まで泣き出しそうになった。
グラグラと揺れる観覧車。
少し揺れが酷くなった気がする。
「俺だって・・・・・・・さんが好「オラァ!!」
突然、風のように現れたのは宍戸君だった。
開いた扉から宍戸君が勢いよく入ってきた。
私の目は見開かれ、何だか拍子抜けしてしまった。
「し、宍戸さん!」
「長太郎!お前・・・・・・何いやらしい事してんだよ!オラ!」
「痛っ!!何するんスか!!」
鳳君の首根っこを掴み、私から引き剥がす。
狭い中で暴れるから揺れはさらに酷くなる。
ああ、だからさっきから揺れが酷くなってたんだね。
宍戸君・・・・・・・・・登ってきたのかな?
ちょっと、すごくない?
「ちょ、宍戸君登って来たの!?」
「ああ?それしかねえだろ?それよりも、お前コイツに何にもされてねえか!?」
宍戸君は鳳君の首根っこを掴んだまま私に向き直った。
私はびっくりして、思わずこくこくと激しく首を上下に振った。
「とにかく、長太郎!お前は何暴走してんだよ!!お前ってそんなに精神弱かったのか!?」
「ッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・宍戸さんには関係ない!!何しに来たんですか!?」
宍戸君が鳳君の両肩を掴んで軽く揺さぶる。
宍戸君、かなり必死みたいだ・・・・。
鳳君は視線を逸らすと、拳を握り締めて宍戸君を睨み上げた。
だけど、宍戸君も負けてはいない。
「うるせえ!!お前は・・・・・長太郎はこんなことする奴じゃねえんだよ!!俺の知ってる長太郎はこんなことなんて絶対しねえ!!」
宍戸君は言い終わると、唇を強く噛み締めた。
鳳君の眉間に皺が寄る。
宍戸君はこんなところまで鳳君や私を追ってきたんだ。
どんな思いでここまで来たのだろう。
どんな悔しい思いをしながらここまで登ってきたんだろう。
そう考えるだけで胸が苦しくなった。
「なあ・・・・・長太郎・・・・・・・・・・俺は今ここにいるじゃねえか・・・・・・・・。
俺達みんな・・・・・・・また同じ世界に生まれ育ってんじゃねえか・・・・・・・・・・・・。
それの・・・それの何が不満なんだ?・・・・・・もうそれでいいじゃねえか!
それのどこがいけねえっつーんだよ!今は今だろ!!?」
鳳君の肩を掴む手にぎゅっと力が篭った。
宍戸君が下を向いて、叫ぶ。
鳳君に伸びる二本の手は震えていた。
私はそんな二人のやり取りを扉の近くでじっと見つめていた。
「・・・・・・・・前向きな宍戸さんが羨ましいです。」
ずっと黙っていた鳳君の口が開かれ、出た言葉。
これは憎しみとか怨みとかがこもってるわけではない。
きっと心からそう言っているはずだ。
心から、信頼している彼へ、今の精一杯の優しい言葉。
「口ではいくらでも綺麗事が言えるんです!綺麗なままの自分でいたいから、何度も何度も心の中の醜い気持ちと葛藤した!!
だけどそんな過去の醜い気持ちに負けたのが俺達だ!!
どんなに苦しんで、綺麗事を言う自分と戦ったって・・・・・・・最後には負けるんだ!!
所詮俺達の友情は綺麗事で塗り固めて作り上げた偽りのものだから!!!!」
潤んだ瞳で鳳君は睨み上げ、宍戸君の手を振り払った。
その衝撃で宍戸君が少し後ろに倒れこんだ。
危・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない
後ろには扉がないのに―――――――!!
私はとっさに右手を差し出して宍戸君を庇おうとした。
「きゃあ!」
「!悪い・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、え?」
「さん!!!!」
宍戸君の背中の衝撃で私の体が宙に浮く。
私のおかげで何とか体勢を保てた宍戸君は振り返って目を見開いた。
その奥で鳳君が顔を蒼くして私に手を差し伸べたけれど、もう遅い。
私の体はみるみるうちに二人から離れていく。
だけど鳳君のそんな行動さえ、私にはスローモーションに見えた。