僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「う゛〜さっむ〜・・・。」
体を震わせながら跡部の隣を歩く。
そんなジローは、ぴたりと足を止めた。
「寝てもいい?」
「シバくぞ。」
「・・・・・ケチ。俺眠いよ〜。」
欠伸をしながらカフェテリアの椅子に座る。
ジローはそのまま机に伏っした。
が、すぐに跡部に殴られ、顔を上げた。
「いったあ・・・・!何そんなにカリカリしてんのさ。みんなに怨まれてるのが気に食わねえの?」
「・・・・・そんなんじゃねえよ。別にカリカリしてねえじゃねえか。」
殴られた頭を掻きながら跡部を見上げる。
跡部の伏せがちな視線にジローは眉を寄せた。
「気にすることないって。今みんなが跡部を怨むのは・・・・・・怨む相手がいないから、だと思うよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「俺的に一番憎いのは大人達だと思う。だけど・・・・ここに大人達はいない。だから原因を作った跡部に矛先が向いちゃうんだよ。」
ニッコリ微笑むジロー。
跡部は黙ったまま視線を下に向けていた。
権力や財力に目が眩んで子供を出世の道具にした大人達。
過去の話に出てきた大人達を思い出すだけで、ジローは腸が煮えくり返りそうだった。
しかし、今現在、大人達はいない。
いるのは、怨み苦しんで死んでいった子供達だけ。
そうなれば必然的に引き金となった跡部を怨んでしまうだろう。
誰かを憎み、怨まなければ存在していられない。
この強い念が自分達をここに留まらせているのだから・・・・・。
「そんな顔しないでよ。跡部らしくない。俺の知ってる跡部はそんな辛気臭い顔しないよ?鬼みたいな顔してるよ?」
「・・・・・そうかよ。」
「そうだよ。・・・・・・・・・・・・・・・ごめんにゃひゃい。」
跡部は口端を抓っていた手を放した。
ジローは頬を摩りながら頬を膨らませた。
少し赤くなっている。
「ジロー。」
「んー、何ー?」
顔を上げると、跡部は壁にもたれながら腕を組んでいた。
ジローが首を傾げ、どこか遠くを見つめている跡部をじっと見つめた。
「お前はいつまでジローのフリをしてるつもりだ?」
ジローの肩が揺れる。
目を見開いて跡部を見るけれど、跡部はまだ遠くの方を見つめ続けていた。
「何の話?」
「もうずっと前からお前はジローじゃねえ。ジローに成り済ましたって俺様にはバレバレだっつってんだよ。」
ジローに視線だけを向ける。
目が合った。
ジローは前髪を掻き上げ、ニッコリ笑った。
「何言ってんの?俺は芥川慈郎だよ?」
「・・・・・・だろうな。だけど俺の知ってるジローじゃねえのは確かだ。」
「同じだよ。だって俺は跡部を知ってる。今の跡部も、昔の跡部も・・・・。」
ジローからは笑みが消え、跡部を睨み上げている。
しかしすぐにまた、いつもの柔らかな表情へと戻っていった。
「そんな怖い顔しないで。せっかく跡部カッコEのに台なしだよ?」
「ほっとけ。こんな顔をさせてるのは何処のどいつだ。」
「アレ?俺のせい?」
ニシシと悪戯っぽく笑うジローに跡部は呆れたように溜め息を吐いた。
そんな跡部を見て、ジローは頭の後ろで手を組んだ。
椅子にもたれ掛かり、長い足を伸ばして空を見上げた。
雪が顔に落ちてくる。
睫毛の上に乗った雪がぼやけて見えた。
「でも心配しないで。俺、悪いことはしないから。」
跡部がジローに視線を移す。
ジローは睫毛の上に溶けずに乗っている雪を手に取り、体温で溶かして遊んでいた。
「跡部を憎んでないってわけじゃない。だけど、それ以上に自分を憎んでる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「それ以上に・・・・跡部が好きなんだ。」
太陽に手を翳し、ジローは目を細めた。
太陽が掌に隠れ、掌の形をした影を作った。
「あ、友達としてだよ!?俺そっちのけはないからね!?もしかして勘違いしてときめいちゃった!?」
「・・・・・・んなわけねえだろうが。シバくぞ。」
「んも〜照れなくてもいいのに!あ、でもそっちの意味として取ってくれてもよかったかも・・・・。
俺跡部みたいに綺麗な顔なら別に「よくねえよ。」
真剣に考え始めたジローに、跡部は思わず肘打ちを喰らわせた。
鳥肌が立つ。
ジローのことだ。
本気だろう。
質が悪い。
「へへ・・・・へへへ。」
「何笑ってやがる。とうとう頭でも可笑しくなったか?」
「ヘヘヘ、俺・・・・やっぱ跡部好き!大好き!」
肘打ちを喰らった頭を両手で押さえながら嬉しそうに微笑む。
そんなジローを見て跡部は腕を組み、呆れていた。
しかし、表情は心なしか柔らかく、いつもより穏やかであった。
「負けないで。跡部は自分に負けちゃダメだよ!勝って、最後はみんなで笑い合うんだ。」
今は必死に足掻けばいい。
足掻いて足掻いて道に迷えばいい。
傷ついて苦しんでぼろぼろになったっていい。
どんなに見苦しくたって構わない。
プライドなんて捨ててしまえ。
そうやって、何もかも失くしたみんなは最後に笑うんだ。
それぞれがみんな、自分に勝って、みんなで幸せになるんだ。
だから今はまだ、過去に縛られたままでの自分でいいよ。
そしたら最後、とっても素敵な笑顔で笑えるはずだから――――――――――――