僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
伝わってきたものが憎しみではなく、悲しみだったから。
「・・・・・憎い。この感情があるかぎり・・・私は報われない。」
が拳をぎゅっと握り締める。
仁王は黙ってベンチからを見つめた。
がゆっくりと振り向く。
「・・・・貴方は誰?貴方は今・・・・幸せ?」
目が合っているはずなのにの視点は虚ろで、何も映ってはいなさそうだった。
彼女の目には、何が映っているのだろう。
過去の悲劇?
それとも・・・・・。
「幸せじゃ。少なくともお前さんよりはな。」
仁王がやっと重い腰を上げた。
幸せと聞いて、の目付きが変わった。
「そう、幸せ?・・・・本当に幸せ?」
「ああ、幸せじゃ。またみんなに巡り逢えて・・・・とっても幸せ。」
「そんなに怨み篭った目をしているのに?」
気がつけばいつの間にかは仁王の目の前にいて、そっと頬に手を添えた。
ひんやりと冷たい。
いや、冷たい程度ではない。
その手には体温がなかった。
「女は手が冷たいとはよく言うが・・・・こんなに冷たい手は好かんの。」
じっと、虚ろな瞳のを見下ろす。
瞬き一つせずに仁王を見上げていた。
「・・・・・・・みんな、殺してやる。」
「物騒なことを呟くのはよしんしゃい。」
「貴方、似てるもの。あの人に・・・・。」
頬に触れる手に力が篭った。
痛々しく、爪が食い込んでいく。
それでも仁王の表情はびくとも変わらない。
「最期、私にこの感情を植え付けたあの人に似てる。瓜二つよ。」
は仁王の頬を掻き切った。
仁王の頬は薄らと血で滲み、四本の傷が平行に刻まれた。
少し離れ、は仁王を睨みつけている。
「・・・・・だけど貴方はあの人じゃない。」
「だろうな。俺はお前にそんな感情植え付けた覚えはなか。」
「だけどあの人は貴方。ねえ、あの人を出して。」
「・・・・・・逢いたいんか?」
の表情が初めて歪んだ。
それを仁王は見逃さない。
今度は仁王がに近づき、自分より背の低いの両頬に触れた。
その頬もまた、ひんやりと冷たかった。
「逢いたいんやな?」
「・・・・・・・。」
「ククッ、逢わせてやろうか?」
喉で笑う。
の眉間に皺が寄った。
「交換条件じゃ。」
「・・・・・・何?」
仁王がの額に自分の額をくっつけた。
だけどの虚ろな目には仁王は映っていない。
じっと前だけを見つめていた。
「今はまだにその体返したって。」
「・・・・・・嫌よ。私はみんなを殺すの。幸せなんかにさせない。」
「そげんなこと言わんと、お前さんの言うあの人に逢う時まで・・・・に体返したってくれんかの。俺の意識が消えた時、お前さんはまた出てくればええ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
交じり合うことのない視線。
それでも仁王はじっとの目を見つめた。
「俺も・・・・そう長くはなか。」
「・・・・・・・?」
仁王との視線が一瞬、合ったような気がした。
仁王の左手が頬から離れる。
「お前さんとあの人の再会もそう遠くはなさそうじゃ。条件、のんでくれるか?」
は一度目を伏せ、黙り込んだ。
仁王も黙ってを見つめる。
しばらくしての目が開き、頬に触れる仁王の手に自分の手を添えた。
悲しいくらいに冷たい手。
「・・・・・わかったわ。だけど、私からも条件があるの。貴方にそれがのめる?」
「・・・・言ってみんしゃい。」
「次に貴方と会った時、私は貴方を――――――――。」
殺してやる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・交渉成立じゃの。」
仁王はと深く口づけを交わし、そっと目を閉じた。