僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「!・・・・チッ。」「いだっ!!」
跡部は胸倉を掴んでいた千石に頭突きを食らわし、に駆け寄った。
そして、抱き抱えた。
が正常に寝息を立てていることに安堵の溜め息を吐く。
跡部に頭突きされた額を押さえ、うずくまっている千石を見下した。
「あ・・とべ・・・クン・・・・石頭だね。」
「アーン?そりゃお前だろ?勘違いすんじゃねえ。」
「・・・・ハハ、早く行きなよ。俺が意識を保っている間に・・・ちゃんを連れて逃げて。」
跡部は目を見開いた。
目の前でうずくまる彼は苦笑い、痛そうに額を押さえていた。
そう、先程までの千石とは違っていた。
頭突きのおかげで意識を取り戻したのか。
それはわからない。
しかし、間違いなく今の千石は自分がよく知っているあの千石に戻っていたのだ。
「意志が弱えからテメェは自我を保てねえんだよ。簡単に過去の自分に支配されてんじゃねえ。バーカ。」
「んぐっ、否定できないからムカつく!・・・・・・・・・でも、俺達は変わるんだよ。そのために生まれ変わった。
・・・・・今度こそ、終わらせよう。みんなで。」
ニッコリと微笑んだ千石が跡部を見上げる。
跡部は頷くと、もと来た道を走って戻った。
しばらくの間、千石はそんな跡部の背中を見つめ続けた。
儚げな瞳にはあの日、自分から全てを奪った憎き男の姿が映っている。
だけど千石はそんな彼を、今は追うことはしなかった。
できなかった。
「ねえ、跡部君。・・・・俺は君が羨ましいよ。」
千石の言葉は虚しく風に消えていった。
「・・・・・何か・・・何と言えばいいのか・・・・・だね。」
幸村は困ったように笑った。
隣にいた仁王も、長い話に飽き、縫いぐるみを弄って遊んでしまう始末だ。
神尾はというと、自分が過去に書いたであろう本に興味津々。
読み終えた宍戸が、そんな三人を見て、溜め息を吐いた。
「お前らなあ・・・もっとこう、他にリアクションとかないわけ?」
「あ、アンドレ。」
宍戸は話を全く聞かない仁王から、縫いぐるみを取り上げた。
仁王は不満そうに宍戸を見た。
ベンチに座っていた丸井が呆れたようにガムを割る。
その隣では未だジローが眠りについていた。
「アントニオだって言ってるだろ?そんなに間違うんだったら初めからアンドレにしておけばよかったじゃないか。」
「それもそうやの。じゃあ今からアンドレにするぜよ。」
「んなこたどーでもいいんだって!何でお前らはそんなに緊張感がねえんだよ!!」
幸村と仁王に痺れを切らした向日が怒鳴った。
もっともだ。
宍戸は縫いぐるみを鳳に預けると、腕を組んで立っている忍足を見た。
彼は頷くと、ポケットから茶封筒を取り出し、中から写真を取り出した。
あとは初めに貰った謎が書いた紙と、写真を取り出した。
「これ、写真・・・みんなの分、繋げてみいひんか?」
「何でっスか?」
「俺、思うんやけど・・・・この写真、もとは一枚やった写真を拡大して分散さしたような感じがするんや。」
首を傾げる神尾。
茶色い模様のような写真を二枚、忍足は地面に並べた。
確かに二枚の写真は繋ぎ目が合った。
しかし茶色い模様が大きくなっただけで何も変わらない。
この写真が何を拡大したもねなのか、二枚だけではわからなかった。
「わかったっス。俺らのチームも二枚あります。並べて下さい。」
神尾が二枚、写真を取り出し、忍足に渡した。
忍足の写真には一致しなかったが、二枚の写真は並べると繋ぎ目が一致した。
「・・・・俺らのチームは二枚ともが持っとる。ここにはなか。」
「俺のチームも一枚は俺が持ってるけど・・・屋敷で見つけたもう一枚は不二が持ってる。」
幸村が一枚の写真を、繋ぎ目が合いそうな場所に置いた。
繋ぎ目は綺麗に合い、少しずつ茶色い模様が形を成してきた。
仁王は鳳から縫いぐるみを取り上げると、頭の上に乗せた。
行動がいちいち不可解だ。
越前が仁王を変な人を見る目で見ていた。
「これ、俺のチームの。一枚しかねえけど・・・ここに合いそうだな。」
宍戸は二つに分かれた写真の間に一枚の写真を置いた。
幸村と仁王は一瞬、眉を寄せた。
越前が首を傾げる。
「ねえ、この写真、あと三枚で完成しちゃうっスよ?」
「マジかよ・・・しかもこれって・・・・・。」
宍戸が写真の前に膝をつく。
写真は三枚足らないが、立派に形を成していたのだ。
「あ、跡部さん!!」
鳳の声に、こちらに向かって歩いていた跡部が顔を上げる。
みんなが跡部に視線を向けた。
しかしすぐにその視線も跡部の腕の中の人物に移る。
だ。
「跡部!、どうしたんだよ!何かあったのか!?」
ずっとベンチに座っていた丸井が立ち上がり、跡部に駆け寄る。
丸井にもたれ掛かっていたジローは支えがなくなり、ベンチに頭をぶつけた。
大きな欠伸をして起き上がる。
目を擦りながら、一人遅れて跡部と丸井に視線を向けた。
「ただ寝てるだけだ。おいジロー、そこのベンチから退け。を寝かす。」
「・・・・はーい。」
ジローはもう一度欠伸をし、眠そうにベンチから下りる。
跡部は空いたベンチにを寝かせた。
そしてみんなの方へ振り返った。
「跡部・・・の持ってる写真、取り出してくれへんか?」
「写真?・・・ああ、あの茶封筒に入っていたやつか?」
「それっス!とにかく今出して下さい!」
神尾が言うと、跡部はとりあえずのポケットを漁り、茶封筒と謎が書いた紙に挟まった写真を取り出した。
それを神尾に渡し、地面に並べられた六枚の写真を見つめた。
神尾はそれぞれの繋ぎ目が合いそうな場所に二枚の写真を置いた。
「!、・・・・これ、まさか・・・!」
「まさかだな。・・・・・ミイラだ。」
目を見開く跡部。
幸村が腕を組んだまま写真を睨んだ。
地面の写真はまだ一枚欠けていた。
それでもわかるこの写真。
一枚一枚ではただの茶色い模様だったものが、八枚集まることで一体のミイラの顔が出来上がったのだ。
丸井は思わず目を背けた。
「監督・・・監督はどうして俺達にこんな写真を!?いや、写真だけじゃない!この遊園地に招待したこと自体どうかしてる!」
鳳が叫ぶ。
宍戸が悔しそうに視線を俯かせた。
「確かにそうだよな。棺の中にミイラを入れたり・・・何がしたいんだよ・・・・・監督は何考えてんだよ。」
呟く宍戸の隣で仁王は黙って目を閉じた。
地面に並ぶ八枚の写真を、ジローが恨めしげに見つめていた。
「終わらせたいんだよ。」
ふと、聞こえた台詞にその場にいた全員が振り返った。
「ふ・・・・不二先輩!」
越前の声に不二は笑った。
いつもの彼だ。
越前は安堵の溜め息を吐いた。
不二は地面に並ぶ写真の前までくると、しゃがみ込んだ。
そして最後の一枚を空いていた場所に置いた。
「この物語を・・・・終わらせたいんだ。」
「・・・・不二、正気に戻ったのか?」
「やだなあ向日。僕はいつだって正気だよ?あんまり失礼なことばっかり言ってるとコーヒーカップ、次は僕がお相手してあげるけど?」
ニッコリ微笑む不二。
向日は首を左右にぶんぶんと振った。
顔は少々青冷めている。
隣で幸村がくすりと笑った。
「何で・・・戻ったわけ?ってかお前今までどこ行ってたんだよ。」
「・・・・・今まで僕はずっと一人で、棺のあった部屋の隣にいたんだ。そして・・・・・・・そこで戦ってた。」
「・・・・・誰とっスか?」
丸井が不思議そうに写真を眺める不二を見下した。
不二は並べてある写真の繋ぎ目と繋ぎ目を綺麗に合わせていく。
そんな不二の隣にしゃがみ込みながら越前は尋ねた。
「自分と。」
不二の目が開く。
綺麗に映し出された写真をじっと見つめ、そして切なげに目を伏せた。
「・・・・じゃあ不二は自分に勝ったってこと!?だから意識を保っていられるの!?」
ジローが不二の隣に四つん這いになって膝を付いた。
そんな必死な表情を見せるジローに不二は微笑んだ。
「ううん、負けた。」
ジローは不二から目を離すことができなかった。
そんなジローの肩にそっと手を置き、幸村は首を振った。
「変われなかった。どんなに頑張っても僕は跡部が憎い。過去を知って・・・・僕の中から跡部を憎む気持ちが消えないんだ。」
眉を寄せ、跡部が目を伏せた。
不二は地面に両手をついた。
握り拳が震えている。
仁王は不二に歩み寄り、縫いぐるみを不二の頭の上に乗せた。
「・・・・・何がしたいの?」
「まだお前さんは誰とも戦っとらん。」
「はあ?仁王さん、何が言いたいんスか?」
越前が不満そうに仁王を見上げた。
頭の上に縫いぐるみを乗せた不二は、何故か落とさないようにじっと俯いたままの姿勢を保っていた。
「・・・・今からが本当の戦いやと言うとるんじゃ。」
そう言った仁王の目には、ベンチで眠るの方を向いていた。
忍足はじっとしていて動かない不二の背中を見て目を閉じた。
不二や千石のように過去の自分に支配された者。
ジローや切原のように過去を思い出してもなお、自我を保っていられた者。
自分にだってそのうち、どちらかにならなくてはならない時がくる。
他人事ではないのだ。
不二は今、自我を保ってはいるが、またいつ自分を見失うかもわからない。
忍足はそんな不二に酷く心を痛めていた。
自分が四人のようになる時はおそらく、前者になるだろうと思ったからだ。
「俺が思うに、この写真のミイラは・・・・・。」
そこまで言うと仁王は口を閉ざした。
跡部もわかったのだろう。
仁王から目を反らした。
宍戸、鳳、向日、丸井、神尾の五人がそれぞれ首を傾げ、仁王の次の言葉を待った。
忍足、ジロー、幸村、跡部の視線は写真に向いたまま。
そして、仁王の背後でベンチで寝ていたが薄ら目を開け、体を起こした。
反対に、仁王はそっと目を閉じた。
「・・・・・・。」
丸井がの名前を呼ぶ。
はゆっくりと丸井に振り向いた。
丸井は一瞬、息をするのを忘れた。
何故なら自分に向き直った彼女は、泣いていたのだ。
彼女は―――――――――誰?