僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「ある村にある大富豪が住んでいた。」
この声は宍戸君?
さっきは同じ台詞を向日君が言ってなかったっけ?
耳から聞こえると言うよりは頭に響いてくる。
姿や形は何も見えない。
だけど宍戸君の声だけが聞こえる。
私は耳を傾け、そっと目を閉じた。
村は中でも四つに分かれていて、その大富豪を中心に成り立っていた。
四つに分かれている村で、跡部家、忍足家、幸村家、不二家が大きな勢力を持っていた。
跡部家には芥川家、宍戸家。
忍足家には向日家、鳳家。
幸村家には仁王家、丸井家、切原家。
不二家には越前家、千石家、神尾家がついていたのだ。
この十四の家はどれも不自由のない家で、互いに仲良しだった。
全ての家には同い年くらいの息子がいて、その息子同士も仲良く、友情があった。
しかし、大富豪には子供がいなかったのだ。
大富豪はある日、養女を家に連れてきた。
彼女の名は。
大富豪は村の十四の子供達に彼女と仲良くするように言い、彼らもそれを受け入れた。
彼らは素直で無邪気でそれでいて優しく、彼らと過ごす時間は、今まで貧しく育った彼女にとって楽しい良い思い出になった。
彼らも同じように、屈託のない笑顔を持つ彼女と遊んで過ごす時間は、今まで以上に楽しく、幸せだった。
中には違った感情を抱く者まで出てくる始末。
それでも彼らと彼女は十五人、仲良く幸せに楽しい日々を過ごしたのだ。
そんなある日、彼女がもうすぐ十五の歳になる冬のこと。
大富豪は村の当主を集め、言った。
「が十五になったその日、十四の少年から一人婚約者を選ぶ。選ぶのはだ。しかしにはこのことは言わないでおく。だからお前達もには言うな。全ては少年達のへのアプローチにかかっている。皆、自分の息子が選ばれるよう頑張りなさい。」
大富豪はそれだけ言うと、当主達を家へ帰した。
当主達は家に帰ると、それぞれの息子達に言った。
「どんな手を使ってでも彼女を手に入れなさい。多少の犠牲は構わない。彼女を手に入れて大富豪の跡を継ぐのはお前なんだから。」
息子達は首を縦には振らなかった。
振れなかったのだ。
父親の言うことは絶対。
しかし彼らの友情も絶対。
を好きな気持ちは誰にだってあった。
それをみんな、お互い言わずともわかっていたのだ。
わかっていたから彼らは悩んだ。
今の関係を壊したくない。
壊せない。
あまりにも脆い今の彼らの友情は日に日に崩壊に近づいていった。
引き金を引いたのは跡部家の息子だった。
彼とは偶然、川沿いで出会った。
二人は他愛もない会話をした。
しかし、無意識のうちに彼はの唇に触れてしまったのだ。
それを偶然見ていた芥川家の息子は跡部家の息子に裏切られたと思い、直ぐさま他の家の当主に伝えた。
何も知らないは混乱しながらも、跡部家の息子にときめいてしまった。
しかし、彼女には以前からひそかに思いを寄せていた相手がいたのだ。
揺らぐ彼女の思い。
彼女は家に帰って一日中考えた。
そんな中、たちまち話は十四の家全てに伝わり、慌て出す当主達。
今度は息子達に強い追い討ちをかけた。
そして、跡部家の息子に裏切られた悲しみと怒りで、自分を見失う者が出てきた。
冷静に今の状況を判断して自分なりの対処をする者や、狂い出す仲間や親を見て、大富豪や跡部家の息子を怨む者もいた。
しばらくの間、彼らの葛藤は続き、事件は起きた。
このままだと跡部家が彼女と婚約してしまうと思った千石家の当主が、跡部家以外の当主を家に呼んだのだ。
そして、言った。
「このままだと跡部家が力を持ちすぎてしまう。そうなると今まで均等に保たれていた我々の村は跡部家が支配してしまうに違いない。こうなったら大富豪の娘を殺してしまおうじゃないか。元々は彼女さえいなければ上手く行っていた関係だ。彼女がいなければ今まで通りに戻る。」
当主達は考えた。
確かにその通りだ。
そうすれば何もなかったことにできる、と。
しかし良心を持っていた当主も中にはいた。
首を横に振った者もいた。
彼らは家に帰り、その日のことを息子に話した。
息子達の大半はその意見を大きく拒否した。
しかし、それとは反対に頷いた息子がいたのも事実。
それは彼なりの彼女への愛し方だったのだと今では思う。
次の日、は不二家の息子に跡部と会った川沿いに呼び出され、全ての話を聞かされた。
婚約者を選ぶ権利が自分にあり、そのせいでみんなの友情が崩れ、自分の命が狙われているということ。
彼女は言葉を失い、絶望した。
いつも笑顔だった彼女からは笑みが消え、代わりに涙が流れた。
不二家の息子は胸を痛め、黙り込んだ。
彼女を殺すために忍ばせていた拳銃を握る手を緩め、その手で彼女の頬の涙を拭った。
そして約束した。
「生きて。そして雪が解けたらまた皆で春を見よう?」
彼女は頷き、涙をごしごしと拭った。
その時だった。
突如、大きな銃声と共に目の前の不二家の息子が真っ赤な血を流して倒れたのは・・・。
川沿いに積もる雪に真っ赤な血が降り注いだ。
撃ったのは丸井家の息子。
その隣には宍戸家の息子が立っていた。
は驚きで声が出なかった。
丸井家の息子は不二家の息子が彼女を殺そうとしていると思い、引き金を引いたのだった。
不二家の息子のすぐ横には、隠し持っていた拳銃が落ちていた。
彼女は不二家の息子が自分を殺そうとしていたことを知り、また涙を流した。
「!逃げろ!まだお前を殺そうとしている奴がいる!早く逃げろ!!」
宍戸家の息子が叫ぶと、丸井家の息子が動けない彼女を抱き抱えて走り出した。
残された宍戸家の息子に虫の息の不二家の息子は言った。
「・・・・この悲劇は終わらない。・・・・僕は・・との約束を・・・・果たすまでは・・・ここにいる。何度だって・・・生まれ・・変わっ・・てや・・る・・・。」
怨み篭った瞳で立ち尽くす宍戸家の息子を見上げた。
宍戸家の息子は頷いた。
そして、不二家の息子の横に落ちていた拳銃を拾い、自らの命を絶った。
彼は見たくなかったのだ。
狂っていく仲間達。
失われていく友情。
全てを見たくなくて自分で終わらせた。
この悲劇が終わらない物語だと知らずに。