僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「跡部ー!」
手を振りながら向かってくるのは向日。
その後ろから鳳が追い掛けて来ていた。
「あれ、こんなけしかいねえの?幸村達は?千石達は?」
「まだだ。千石や神尾はどっちも連絡が取れねえんだ。」
「そっかー・・・・あ、じゃあ切原は?」
「・・・・・。」
跡部は黙り込む。
頭に浮かんできたのは自分に敵意を向ける切原の歪んだ表情。
宍戸は電話のあと、跡部から聞かされたので全て知っている。
忍足や越前も同じだ。
が、どうやって説明しようかそれぞれが悩んでいたその時、ベンチで寝ていたジローが起き上がった。
「・・・・切原はもうここにはいないよ。ね、向日。その本何?」
「え、あーそうそうコレ!コレなんだよ!」
「何や汚い本やな。どっから拾ってきたん?」
忍足は向日から薄汚い本を取り上げる。
少し埃が舞う。
忍足が物凄く嫌そうな顔をして本を開いた。
彼もまた綺麗好きの一人だ。
本の中は茶色く変色した紙に、日本語なのだが、彼らの知識では読めない字が書かれていた。
「俺達Fのアトラクションにいたんです。館内は古い年代のものなどが展示してあって・・・部屋の作りも昔の雰囲気を再現したりしてました。ある部屋で宍戸さんからの電話に出ている間に、向日先輩が部屋にあったこの本を読み始めたんです。」
「この本だけ題名が書いてなかったからちょっと気になったんだ!そしたら・・・・あ、侑士ちょっといいか?」
向日が忍足に最後のページを開かせる。
そこにはこの本とは不釣り合いな、半分に折り畳まれた真新しい紙が数枚出てきた。
向日はそれを手に取ると、紙を広げ、みんなに見えるように持った。
「この本の訳だと思う。だけどコレ、監督の字だよな!?」
「ああ。俺よくわかんねえけど・・・・ぽい気がする。」
「宍戸さん・・・どっちなんスか?でも確かに監督の字ですね。」
「太郎ちゃんがこの訳わからん文章を訳したんかいな。アイツ音楽教師やろ?古典の教師ちゃうやん。訳せるんか?」
言われればそうかも知れない。
向日は少し考えるそぶりを見せ、すぐに掻き消すように頭を左右に勢いよく振った。
監督ならできそうだ。
そう勝手な解釈で全てを振り切ったのだ。
「問題はそこじゃないんだよ!内容なんだよ内容!」 「あ、みんな!」
そこにいた全員が振り返る。
丸井とが曲がり角方面から走って来ていた。
ジローはベンチから飛び降り、息を切らしてやってきたに抱き着いた。
「、無事だったんだね!俺かなり心配しちゃったよ!怪我はない!?」
「ジロー君、私は大丈夫!元気だよ!?」
「良かった〜!あ、丸井君も怪我は・・・・って頬っぺたどうしたの!?」
の後ろに立っていた丸井に飛び移る。
丸井は嫌そうに一歩、後退さった。
「・・・不二にやられただけで大丈夫だから、いちいちくっつくな!欝陶しい!!」
「不二にやられたの!?丸井君が!?」
「うっせーな!ほっとけ!」
丸井は無理矢理ジローを自分の体から引きはがすと、ベンチにどかっと座った。
ジローは仕方なく、またに後ろからしがみついた。
直ぐさま跡部に頭を殴られ、頭を抱えてうずくまるジロー。
しかしに撫でてもらい、元気になったジローは丸井の隣に腰掛けた。
丸井が無言で出来る限りの最長距離を保った。
「で、話逸れたけど何なの?内容って・・・。」
越前が紙を持ったまま固まっている向日に問う。
はっとしたように向日は自分の言いたかったことを思い出した。
「そう!それで内容がマジありえねえんだよ!」
「あ、ゴメン。今何の話してんの?」
話始めた向日に、ベンチに座ってガムを噛んでいる丸井が口を開いた。
その隣で目を輝かせて丸井を観察しているジローがいた。
その膝にはちゃっかりが座っている。
半ば無理矢理だ。
の腰にはしっかりとジローの腕があって、固定されていて動けない。
跡部に加わって今度は忍足もお怒りのご様子だ。
宍戸は呆れた視線を向け、鳳も苦笑いながらジローを見ていた。
「今は俺が見つけたこの本に書いてある内容について話してんの!いいか?よく聞けよ?とにかくちゃんと聞けよ?」
みんなが頷く。
それを確認すると、向日は紙に書かれた内容を読み始めた。
「!、幸村さん、仁王さん!」
「神尾?」
外に出ると、幸村と仁王が歩いているのが目に入った。
仁王の手には豚の縫いぐるみがしっかりと握られている。
何とも変な光景だ。
「・・・・・千石はどうしたんだい?」
「そ、それが・・・・!?」
突如、背後から首を絞められる。
首に巻き付く腕が苦しい。
ゆっくりと振り向く。
そこにいたのは――――――――
「つーかまーえた♪」
不敵に笑う千石だった。
「せ、千石さん!」
「酷いなあ神尾君。俺を放って行っちゃうなんて・・・。」
「んな、アンタ・・・が逃げろ・・・っつったんでしょうが!」
首を絞めつける腕に力が篭る。
神尾は必死にそれを引きはがそうとするも、全くビクともしない。
笑っている千石だが、目は笑っていなかった。
仁王と幸村は階段の下からそんな二人を見上げ、構えた。
「千石も人格変わっちゃったみたいだね。まったく、厄介な二人が面倒なことになったものだな。」
「・・・・プリッ。」
千石は下から自分を睨み上げている二人に気が付いた。
神尾を絞め付ける腕の力をさらに強くした。
腕の中で神尾がもがく。
「イタタタタタタタタ!!ぐ、苦じ・・・・・!!」
「やあ、幸村君に仁王君?俺のちゃん知らない?」
「・・・・さあ、知らないな。お前のなんて子はどこにもいないんじゃないかな?」
千石の眉がぴくりと動く。
幸村はいたって笑顔だ。
神尾はそろそろ限界なのか、千石の腕をバシバシと力無く叩き続けている。
しかし、千石は力を強くするばかりだ。
「言ってくれるね・・・。だけどそんなこと言ってていいのかい?この神尾君がどうなっても知らないよ〜?」
「千石にしては姑息な手を使うね。まるで仁王みたいだ。」
千石の眉がまた、ぴくりと動いた。
そして、幸村の隣に立つ仁王を見つめる。
彼は飄々としながらポケットに手を突っ込んで突っ立っていた。
縫いぐるみが胸元から顔を出している。
「俺は人を人質にしたりなんかせん。堂々と正面から向かっていくタイプじゃ。」
「アハハ、自分を一度見つめ直すべきだな。現実とはかなり掛け離れてるよ仁王。」
「そうか?ちと夢を見すぎたかの・・・。なあアンドレ。」
「アントニオだろ?」
仁王は豚の縫いぐるみを取り出し、悲しそうな瞳で見つめ合った。
そんな仁王を、千石は冷たい眼差しで見下す。
神尾から手を離し、階段を下り始めた。
「ゲホッ・・・ゴホッ!!」
神尾は噎せながら地面に崩れ落ちる。
地面に手をつき、息を整えていた。
「ねえ、仁王君・・・・君はまだ思い出してないのかい?」
「・・・・・何を?」
階段を全て下りきり、仁王と視線を合わせる。
それとは逆に、幸村は階段を上り、神尾に駆け寄った。
「思い出してないみたいだね。まあいいや。俺はちゃんさえ・・・・ちゃんさえ手に入ればそれでいい。」
「・・・・・・・。」
「覚えておいて?俺はちゃんを愛していたから。愛していたんだよ。・・・・それじゃあ。」
仁王にニッコリと微笑むと、千石は背を向けて歩き出した。
もちろんを探しにだろう。
自然と足がさっきまでのいたEの方へと向かっていた。
愛の力、というものだろうか?
しかしここにいる者、誰ひとりそんなことは知らない。
「千石。」
仁王が呼び止める。
千石は振り返り、鋭い視線を仁王に向けた。
「何?」
「・・・・・ベンチ前に集合がかかったはずじゃ。何処へ行く?」
神尾が背中を摩ってくれている幸村を見上げる。
幸村は頷いた。
携帯を開いてみると、先ほど新しく加わったばかりの跡部からの着信履歴。
二十件みっちりと跡部の名前で埋め尽くされていた。
おそらく千石もだろう。
「俺には関係ないね。」
一言だけ言い放つと、また歩き出してしまった。