僕たちは、信じていた。
この真実から逃げたくなかった。
「どうしたんだよ不二?ケーキ食わねえの?」
不二の目の前の皿には手を付けられていないケーキが一つだけ乗っている。
向日の前には苺のケーキが無残に散らかっていた。
丸井ほどではないが彼も見事な食べっぷりだ。
その隣で幸村はコーヒーカップを片手に紅茶を飲んでいた。
「・・・・・・いや、今はケーキを食べる気分じゃないんだ。だからこれも食べていいよ。」
「そう?じゃあ遠慮なくいただくぜ!」
向日は不二のケーキにフォークを握った手を伸ばす。
ふと、腰にある携帯が大きな着信音と共に震え出した。
その携帯を手に取ろうと腰辺りを探る。
が、向日の携帯はすでに幸村の手の中にあった。
通話ボタンを押す。
向日はただただ呆気に取られて、携帯を耳にあてる幸村を見つめた。
「はい、跡部?え?向日?ちゃんといるよ?」
向日の方にチラリと視線を移す。
そこではっと我に返り、微笑む幸村に飛び掛かった。
「幸村返せよ!跡部は俺にかけてきたんだから!何勝手に電話出てんだよ!」
「もしもし跡部?どうかしたのかい?」
『向日はちゃんといるみたいだな。お前が出たから向日もいなくなったのかと思ったぜ。』
「“も”ってことは誰か迷子にでもなった?」
『いや・・・・・。』
「何かあったのか?」
電話越しの跡部が黙った。
幸村は咄嗟に何か良くないことがあったのだと察した。
それは迷子なんて可愛いらしいものではないことも同時に感じる。
自分の携帯を取ろうと手を伸ばしてくる向日を片手で阻止しながら、携帯を右の耳にあて直した。
「あったんだね。」
『・・・・切原が消えた。迷子なんかではなさそうなんだ。とにかくすぐにSの下に集まってくれ。』
「赤也が?・・・・わかった。ここからSは近いな。今すぐ行くよ。」
『ああ、頼む。』
跡部と同時に電話を切る。
向日に携帯を返し、席を立った。
「切原に何かあったのか?」
「・・・・・・そうみたいだ。集合がかかったから行こう。Sの下だからすぐだ。」
「へえ、じゃあ早く行かないと。Sならここからすぐだし・・・・走ろう。」
不二も立ち上がり、幸村と向日が頷く。
幸村は心の中で祈った。無事でありますように、と。
「すみません遅くなりました!」
跡部君が電話を切ったと同時に背後から鳳君の声がした。
振り返ると、鳳君、神尾君がこちらに向かって走って来ていた。
越前君に至っては歩いている。
いつになくマイペースだ。
「これで全員なんスか?」
「不二達がまだや。今電話したからすぐ来るやろ。」
「切原に何があったんですか?宍戸さん、確か同じチームでしたよね?」
鳳君の問いに視線を逸らす。
忍足君は鳳君の肩に手を置いた。
「す、すみません・・・・。」
「いや、気にすんな長太郎。全員集まったら話すからよ。」
私は知っているだけに落ち着かない。
今すぐにでも探しに行きたい思いだ。
だけど考え無しにがむしゃらに突っ走ると反って逆効果だと、さっき跡部君が言っていた。
だから集合をかけて、みんなの力を合わせて探すらしい。
「・・・・・・気にすんなだと?お前が赤也を一人にしなきゃこんなことにならなかったんじゃねえのかよ!?赤也に何かあったらどうしてくれんだよ!?」
「丸井君!落ち着いて!!」
殴り掛かりそうになる丸井君をキヨが止める。
宍戸君は「ごめん」と謝ったあと、黙って俯いてしまった。
丸井君もわかってるはず。
宍戸君は悪くないってこと。
誰にも責任なんてないってこと。
だけど今度は、ジロー君が声を絞り出した。
「俺が寝ちゃったから悪いんだ・・・・俺が・・寝ちゃったから・・・・。」
「ジローやめろ。これは誰が悪いとかそういう問題じゃねえ。」
「でも・・・・・。」
「それに、お前が寝てんのはいつものことだろ?」
跡部君より少し小さいジロー君の頭を、跡部君はわしゃわしゃと撫で回した。
不安げだったジロー君の表情に、微かだけど笑みが戻った。
跡部君は手慣れているんだ。
すごい。
「あ、幸村さん達来たっスよ!」
神尾君が指差した方からは確かに幸村君、向日君、不二君がこちらに向かって来ていた。
これで全員だ。
「遅くなったな。」
「幸村達で最後だ。これで全員集まったな。簡潔に話すからよく聞けよ。」
宍戸君とジロー君からさっき聞いた話を、今度は跡部君が話し出した。
その間も宍戸君とジロー君の二人は、ただ黙って俯いているだけだった。
遅れて来たみんなも、真剣な顔付きで話に耳を傾けていた。
丸井君と仁王君はずっと切原君の携帯に電話を掛け続けていたけれど、どうやら出る様子がないらしい。
「・・・・・というわけだ。だから今からみんなで手分けして探すぜ。」
「赤也が迷惑を掛けてすまない。みんな、協力して探してくれるかい?」
申し訳なさそうに幸村君はみんなを見渡した。
みんなは黙って頷く。
ただ一人を除いては・・―――――――
「悪いけど、僕はやめておくよ。」
みんなの視線が不二君に移る。
私も、驚いて不二君に視線を移した。
不二君はいたって笑顔で、だけど目は開いていた。
何で?どうしてそんなこと言うの?
不二君どうかしちゃったの?
幸村君も予想外の返事に少し戸惑っているようで、黙って不二君の次の言葉を待っていた。
「何でだよ不二!?」
「切原が本当に危ない目にあってるのかだって怪しいところじゃない?切原のことだ。またアイツの一人芝居とかそんなんじゃないの?」
「不二てんめぇ・・・・・!!」
向日君の問いに不二君はさらりと答えた。
それもあまりにも酷い言葉で・・・・。
不二君、あんなにも優しかったのに。
優しい人だと思ってたのに・・・・・・こんなこと言う人だったの?
ううん。違う。
きっと何かがあるんだ。
不二君の雰囲気が、ちょっと変わってる気がする。
何かがあるんだ。
・・・・きっと。
飄々としている不二君に丸井君が掴み掛かる。
そのまま勢いよく、不二君の胸倉を掴んだ。
今度はキヨは止めに入らなかった。
彼も驚きのあまり、その場から動けないでいたから。
「汚い手で触らないでよ。」
「何だって!?」
「立海は揃いもそろって野蛮だね。だから嫌いなんだ。」
「ンなッ!!」
胸倉を掴まれた不二君が、丸井君の手首を掴んだ。
「僕はそんな奴を探してあげるほど嫌なことはないね。」
「――――・・ッ!?」
「だから探すなら君達だけで探しなよ。僕は探さない。わかった?」
丸井君の手が胸倉から離れる。
それと同時に不二君の手も手首から離れた。
丸井君の手首には、くっきりと手形が残っていた。
痛そうだ。
黙ったみんなを見渡すと、不二君は背を向けて歩き出した。
みんなただただ背中を見つめている。
不二君が角を曲がろうとした、その時。
「不二君!」
「!待ちんしゃい!」
私は走って不二君を追っていた。
何故だろう。
今不二君を一人にしてはいけない気がしたから。
私はただ本能のまま不二君の背中を追った。
後ろから仁王君の止める声が聞こえたけど・・・・・ごめんね。
私、止まれない。
不二君が曲がった曲がり角まで走った。
不二君は可愛いらしいメリーゴーランドの前で、空を見上げて立っていた。