君の死、僕の涙
永遠に続くものなんて何もない。
それは儚くて、あまりにも残酷な、
だけどどこか温かくて自然と溢れてくる涙はきっと
僕らにとって、とても大切なものなんだ。
君の死、僕の涙
暖かな日がさす家庭科準備室。
そこには僕と、。
二人して窓を背に、一生懸命に手元の針と睨めっこしていた。
「ねーねー萩ー。」
「何?」
「はは、見てこれ。」
「?」
忍足のマスコットの体に綿を詰め込んでいた手を止める。
ニヤニヤ顔のが、自分の手に持つマスコットを僕に見せてきた。
「跡部の黒子付け忘れちゃった。」
「あ、ホントだ。綿詰める前に気付いたらよかったのにね。」
「ちーがーうー。それもそうだけど見てよ!黒子ないと何か普通の人じゃない!?」
「クスッ、確かに。間抜けだよね。」
の手には黒子のない形を成した跡部のマスコット。
どうやらにはツボだったようで、笑う。
「よし、黒子は最後につけよーっと。」
変に一人で張り切っているを横目に僕はただ針を片手に視線を手元に落とした。
この想いが、永遠であればいいのにと、薄ら笑いを浮かべた。
「跡部・・・もう、いいんじゃない?」
雨が僕らに降り注ぐ中、僕はいつの間にか跡部の手の中にあるボールをそっと手に取る。
今までみんな口を閉ざしていた。
誰も一言も何も言えずにただ跡部の頬を流れる綺麗な涙を悲愴な面持ちで眺めていた。
僕のそんな行動を見て、ジローが小さく「あ、」と声を漏らしたのを僕はどこかぼんやりとした頭で聞き流していた。
「萩・・・」
「跡部、ごめん。さっきはあんな言い方して。」
「・・・・・・・・。」
「もう、大丈夫みたいだから・・・・僕の試合はなしでいいよ。」
そう言って少し雨水を吸ったボールをギュッと握り締める。
跡部は視線を俯かせたまま雨なのか涙なのかわからないその雫を頬に伝わらせ続けていた。
「俺・・・に会った。」
突然、ぼそりと呟くようにそう言ったのは岳人。
みんな何も言わずにゆっくりと岳人の方に視線を向ける。
岳人は、どこか、想い出に浸るような温かな表情で視線を俯かせたままラケットを握って立っていた。
「俺、跳べなかったんだ。ずっと、が死んでからずっと・・・。」
何度も何度も、
一人で練習して、
だけどそれでもいつもは当たっていたはずの、
目の前で通り過ぎていく黄色いボール。
「俺、跳びたくてっ・・・との約束があるから・・・っ・・・跳びたくて・・・。」
唇を噛み締め、震える声が胸を締め付ける。
岳人の大きな目にはいっぱいの涙が溢れている。
握り締められた拳と震える肩が、岳人のへの想いがひしひしと伝わってきた。
嗚咽を漏らす岳人の背中を優しい手付きで忍足が撫でてやる。
それに堪えられなくなった岳人はラケットを持っていない方の手で乱暴に涙を拭った。
「俺なんて・・・怒られちゃったよ・・・に。」
ジローが苦笑いを浮かべながら乾いた笑いを零す。
だけどその表情も段々と崩れていき、ジローの頬には涙がたくさん流れていった。
時折、飛び跳ねるジローの肩。
肩で息を整えながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「おっ、俺が・・・俺がスプレーっ使わなっ、かったらって・・・っ・・・・使わなかったらってっ・・・・・」
「おい、ジロー立てよ・・・・。」
「そしたらっ、そ、そしたら・・・は死な、なくてすんだ・・のにって・・・・ごめんっ・・・」
「ジロー!!」
宍戸が無理矢理ジローを立たせて肩を掴む。
横殴りの雨が体に打ち付けていて痛い。
宍戸の表情はものすごく苦痛に歪んだ顔をしていて、ジローの肩を掴む手は震えていた。
「お前だけじゃねえんだ!!後悔なんて・・・そんなの誰だって持ってる!!お前だけじゃねえんだよ!!」
ほぼ叫び声に近い宍戸の言葉は、ジローの涙で溢れる瞳を大きく揺らした。
後悔、
その言葉に何人の人が心を痛めたのだろう。
きっと、ここにいる全員が抱えているだろう後悔。
それは、誰もが持っているもの。
「もう、やめようや。」
「忍足先輩・・・。」
ずっと岳人の背を支えていた忍足がそっと岳人から離れて跡部の前に立つ。
その凛とした背中からはきっと、悲しみを越えた彼なりの強さがそこにはあるんだと僕は思う。
「どれだけ俺らが何を思ったかて、が生き返ることなんてないねん。」
はっきりと、言い切られた台詞。
当たり前の事実に、胸が抉られた。
わかっていても、それを誰かに現実として突きつけられるとあまりにも残酷なもの。
思わず目を伏せて耳を塞ぎたくなるような・・・・そんな感じ。
「俺、先輩からこれ以上、笑顔を奪うようなことはしたくないです。」
「日吉・・・。」
「ずっと、心配そうな顔をしていた。ずっと、泣きそうな顔をしていた。先輩は・・・・こんな俺達を望んでいるわけじゃない。」
俺の中にいたから。
彼女は俺の中からみんなを見ていた。
ずっと、ずっと、ずっと
押し潰れそうな感情を抱いたまま。
「俺達にただ、いつも通りの俺達でいてほしいだけなんですよあの人は。」
それだけをはっきりと言い放つと、日吉はそのまま踵を翻し、何処かへと向かって行った。
頭上で鳴り響く雷が煩い。
雨もさっきより一段と強くなっていて、そろそろ僕達も屋根の下に避難しなくてはいけないだろう。
だけど、日吉と違って僕や跡部はきっと、この場から動けるような状態ではない。
どこかぼんやりとしていて、体の芯に力が入っていない。
まるで、魂の抜けた抜け殻のよう。
「・・・・跡部・・・。」
僕がもう一度名前を呼ぶ。
青い綺麗な瞳だけが僕を視界に映す。
そのあまりの綺麗さに、僕は言葉を失った。
「行こう。風邪引くよ。」
「・・・・・・・ああ。」
跡部の背中を軽く押してやって部室の方へと促す。
ジローや宍戸、忍足や岳人、長太郎達もそれに続いて妙に重い足を無理矢理動かして部室へと向かった。
それを一番後ろで確認した僕は二、三歩あるいて立ち止まる。
そしてそっと振り返って先ほどまで跡部が立っていたその場所に視線を向けた。
「・・・・大丈夫だよ、。」
独り言のように呟いて小さく笑う。
さきほどまで堪えていた涙が雨に混じって頬を伝った。
「もうみんな、大丈夫だから。」
僕の声は君に届いていますか?
ほんの一瞬だけその場にの姿が見えた気がして、
僕は胸が締め付けられるような思いを感じた。
―――― 萩ってさー・・・諦め癖あるからね。
「、君は・・・心配性なんだよ。」
もう大丈夫だから。
早く眠って。
君の居場所はもう、ここではないんだ。
だけどどうか、いつまでもその笑顔を、いつまでも・・――――――
時は流れ、僕らは少しずつ、少しずつ大人になっていく。
「ー来たよー!!」
「ジロー!!お前自分の荷物ぐらい自分で持ちやがれ!!」
「そういう跡部だって樺地に持たせてんじゃん!ひとりだけずるいC〜!!」
もう君とは同じ時間を歩むわけにはいかないけれど、
僕らは確かに君と同じ時間を過ごしてきたんだ。
「暑いだろうから天辺から水かけてやーろぉっと!」
「ちょ、岳人!隣の墓石に水かかっとる!!もっと大人しくかけぇ!」
「うっせーな侑士。隣の墓石も暑いって言ってんだから一石二鳥だろ!」
「あほ!ほんま岳人は常識知らずやな・・・はあ。」
「ッ何だと!!クソクソ侑士!とりゃっこれでもくらえ!!」
「ちょ、めっちゃ濡れたやん!アホか!!」
「ガハハハざまーみろー!!」
ねえ、。
君はまだ僕らのこと心配そうな顔で見てるの?
それとももう、いつものその笑顔で安らかに眠ってる?
「賑やかですね〜。」
「ったく、墓場で騒ぐもんじゃねえよ。アイツら本当どこでも煩ぇな。」
「いいじゃないですか。俺はその方が・・・・先輩達らしくって、好きですよ。」
「・・・・まあ、そうだけどよ・・・・。」
「宍戸さんも混ざってきたらどうですか?」
「冗談きついぜ。長太郎、お前が行ってこいよ。お前の方が若いだろ?」
「遠慮しときます。それに若さは関係ないですよ・・・。ってか一歳しか違わないじゃないですか。」
「一年違えば体力の持ちようだって全然違うんだよ。俺はもう疲れた。」
「え、それはちょっと早すぎですよ・・・・。」
君が最後にくれた僕らのマスコット、
あれは今でも大事に僕らのそれぞれ思い思いの場所に存在している。
苦しい時や寂しくなった時、
それが僕らの大きな支えになっている。
「跡部さん、花が豪華すぎやしませんか?」
「あん?これくらい豪華じゃないとコイツ、文句言ってくるだろ。」
「あー確かに、花代ケチったら化けて出てきそうやんな。」
「おい日吉!早くその花ここに差せって!」
「・・・・わかりました。」
君の名前をこんなにも自然と口に出すことができるようになったのは、
きっと、あの日、君がみんなの背中を押してくれたからなんだろう。
そして、僕らはそれに応えることができたから、
今こうやって笑った僕らがここにいる。
「ー、俺達ね・・・・大会負けちゃったんだ。」
「全国に出ることはできたんですけど・・・・。」
「へへ、・・・約束守れなくて・・・ゴメンね。」
僕らは戦った。
自分の想いと、
君の想いを背負って、
どんな時も挫けずに真っ直ぐに君との約束を目指して頑張ったんだ。
「でも!!俺いっぱいいっぱい跳んだんだぜ!!」
「そのせいで体力持たへんかったくせに。」
「うっせーな!!悪いって何度も謝っただろ!!」
「ホンマお前のそういうところ困るねん。なー日吉?」
「・・・まあ今回の俺とのダブルスは短期決戦だったんで何とも言えませんけど。」
僕らは歩むと決めたから。
自らの足で前へ、前へ、
君の分まで先へ進むと決めたから。
その先にどんな結果が待ち受けていようとも、
諦めることなく前へ進んだ。
「は、アイツらマジで激ダサ。」
「二勝したからって調子に乗んなよ宍戸。」
「ちょ、調子になんて乗ってねえよ!お前なんか越前相手に負けたくせに!!」
「あーん。言ってくれるじゃねえか。一度はレギュラー落ちしたくせによ。」
「おかげで俺はさらに上を目指すことが出来たけどな!!」
「ちょっと、宍戸さんも跡部さんも!何言い合いしてるんスか!!」
「おう、長太郎。お前からも言ってやれ。レギュラー復活したのは誰のおかげかってな。」
「ンだと!!!」
「ちょっと・・・・俺を巻き込まないで下さいよ・・・・。」
結果は僕らの望むそんな輝かしいものではなかったけれど、
僕らはそれでも満足している。
自分の足で歩めたことが、
僕らにとっては君へのお返しみたいなものだから。
「おーい滝!そんなところで何してんのー!?」
ねえ、
僕と君があのマスコットにたくさんたくさん想いを込めて作ったあの日々を、
僕は決して忘れたりなんてしないよ。
大切だったあの日々は、
僕らにとって決して永遠なんかじゃなかったけど、
それでも、君という存在は僕らにとって永遠だから。
「何や滝、そんなところにおったんかいな。」
「早くこっち来いよ。お前何にもしてねえじゃん。」
「おサボりしてるとに怒られちゃうよ?」
「ほんまやほんまや。アイツ自分のこととなったら血相変えて怒りよんで。」
あの日流した涙も、永遠、だから・・――――――
「うん、今行くよ。」
僕らはこの中学三年間、
共に過ごした君との思い出を、
一生胸にしまって生きていくこと、今ここで強く誓うだろう。
the end.
―――――――――――――――
あとがき 2007.08.23
どうもみなさんこんにちは^^
夏も暑い、クーラー病のユギリです。お久しぶりです。
そして今回5作目となる完結作品「君の死、僕の涙」です。
最後が滝さんって一体どういうことですか!!?って思う方も多々いらっしゃることかと思います。笑
まあ大体こういう場合、最後は跡部って言うのがお決まりなんですよね。
私としてもそんな感じがしていたのですが、今回何故滝様を最後に持ってきたかというと、
彼はこの物語で第三者の目として出演していただいているんですよ。
レギュラーではないが仲間であって、大会目指して頑張ってる彼らを主人公と同じ視点から見ていた滝さん。
マスコット作ってる姿を想像するのがもうたまら・・・じゃなくて・・・(雰囲気ぶち壊し)
ちょっと特別扱いだったんですが、最後は簡潔に彼に纏めてもらおうじゃないか、ということで、
しかも「君」「僕」のこの儚さ増す代名詞を使えるのは彼しかいないのですよ^^ほほほ。
問題は跡部とジローですね。
跡部はまあ、さておき、ジローが泣きすぎです。
しかも結構病的な感じで私自身、「ジロー重症だ・・・」と思って書いてました。笑
ジローは感受性豊かなんでこういう事態に弱いんですよね。きっと。
ほら、彼、もらい泣きとかしそうじゃないですか。
岳人あたりは男泣きの友情とかでもらい泣きしそうですが(´^`)笑
で、そんなジローの面倒見るのがお兄ちゃん的存在の宍戸さん!
彼ならきっとそんなジローを放っておくことが出来ずに助けに来てくれること間違いなしですよ。
そしていつまで経ってもウジウジしてたらそれを持ち前の短気さで怒鳴り散らしてくれるんです!(あれ?
跡部は何だかんだ言って責任感強い男ですから。
みんながくよくよしていたら自分がしっかりしなくてはと自分でも知らず知らずの勝手に気を張って、
いつの間にか自分も悲しいくせにそこから目をそらして強がっちゃいそうな人ですよね。
で、頭と体がついていかなくなって四六時中、難しい顔して眉間に皺寄せてるんです。
そんな跡部に痛いところをついてくるのがジロー忍足滝の三人ですね。
彼ら三人なら跡部を追い詰めることなど容易い事でしょう。へへへ。
彼らの友情関係はいい感じにできてますよ、本当。
そこでちょっと隠れ重要キャラの日吉。
彼の中にずっといた主人公とありますが・・・
そうです、そのままの意味で、死んだ時から主人公は日吉の中にいたんですね。
その人選の真義はまさに、一番割り切りの早い日吉だからこそ、でしょうか。
でもただちょっと日吉に「いつから、いたんですか。俺の中に。」て言わせたかったからだけかもしれません。(こら。
悲しみを一番表現しやすい人、岳人。
彼が書いてて一番苦しかったです(;_;)
彼は日頃仲良しな感じで明るいキャラなのでこういう時に泣いてたら「ああ、」って一緒に泣きたくなっちゃいますもん。
岳人とジローの後悔。
それよりもたぶん一番可哀想な後悔の仕方はやはり日吉だったでしょうね。
可哀想に・・・・。(めっちゃ他人事。
やはり日頃が、というより主人公が死ぬ前(過去)が明るければ明るいほど、死んだという事実が悲しいものですよね。
あんなに煩い奴だったのに・・・・って思えば思うほど空いた穴がでかく感じることでしょうし。
死なないと思ってた人が死ぬと結構衝撃は大きいもので、死ぬかもと思ってた人が死ぬより物悲しいものですね。
で、結局、大会も負けてしまうっていうオチですし・・・(¬д¬;)
大会優勝したよっ!!なんていう捏造は残念ながらすることができなくて・・・・えへ。負けちゃいました。
ごめんね、さん。
でもあれだ。それを元気に報告してくれてるからいいんじゃないですか?
彼らは彼らなりに満足なんですよ。
たぶん負けたということには満足してないでしょうが、今日までの日々を過ごせたことに満足なんでしょうね。
よかったよかった。(自己完結。笑
では、みなさん!
明日がどうなるかなんて誰にもわからないんですから、
今日と言う日、いや、今と言う時間を大切に、
悔いのないよう充実した人生を送ってくださいね^^
それでは最後までお付き合いありがとうございました。