君の死、僕の涙
もしも願いが叶うのなら、
お前との記憶だけを消し去ってほしい。
そして君は負ける
忍足は6‐1で勝利。
向日も危なかったが6‐4で勝利を収め、宍戸は6‐2で相手を負かしていた。
どれも相手は有能な準レギュラーだが、俺とジローだけが何故かレギュラー同士だった。
鳳と萩之介、日吉と樺地が控えた今、俺とジローはコートの真ん中に立っていた。
「それじゃ始めるぜ。フィッチ?」
ネットを挟んだ向こう側にいるジローが「ラフ。」と答えたと同時に
クルクルと回り始めるラケットを見ながらそれが止まるのを待つ。
そんな俺達を心配そうに見つめる宍戸。
審判は俺がやると、奴がかって出た。
今は俺達以外に試合がないからか、周りにはたくさんの、いや、部員全員と言っていいだろう。
それ以外にもギャラリーがたくさんコートを取り巻いていた。
「あ、」
ジローが小さく声を上げ、ラケットが倒れる。
ラケットはスムースだった。
サーブ権は、貰った。
「やるよ。」
「え?」
「ハンデ、やるっつってんだ。サーブはお前から打て。」
「・・・・・。」
ジローが押し黙る。
睨んでいるのかわからないその目がやけに腹立たしい。
目を合わせたくなくて空を見上げると、曇り空が視界に入った。
雨、降るか?
「甘く見ないでよ。跡部。」
「あん?」
「もう俺、跡部の代わりに泣くの嫌だから。」
そう言ってコートに立つ。
どうやらサーブを打つ気はないらしい。
ほう、勝つ気でいるってか?
まあそりゃ負けらんねえもんな。
負けた方はレギュラー落ちかもしれねえんだし。
だが、俺様に勝てるわけがないだろ。
勝てるわけが、ない。
『跡部!』
まだだ。
まだお前の笑顔を忘れられない。
『あーとーべー。』
煩い。
俺の名前を呼ぶなって何度言えばわかるんだ。
『跡部ってば!』
いっそのこと、
もうお前の存在なんて、俺の中から消えてしまえばいい。
「行くぜ!」
ボールが宙に浮く。
そのまま力いっぱいラケットを振り下ろして相手のコートにボールを飛ばした。
打っては返ってきて、返しては打ってくる。
ジローの打ってくるボールの一球一球に重みを感じた。
『はっぴーばーすでーおめでとう!』
部室に入るとクラッカーが鳴ってアイツらの笑い声がする。
温かくて、笑顔の絶えないそんな場所。
『、ほら渡せ!』
『ラジャーです!』
岳人に促され、は任務を任されたようにプレゼントらしき物を抱えて俺の前に立つ。
何だこのクソでかいプレゼントは。
『あっとべーおめでと!』
『・・・・さっきも聞いた。』
『おやおや素っ気ないねえ。照れてんの?』
『しばくぞ。』
頬を突いてくるを睨み付けながらプレゼントを受け取る。
そのプレゼントはズシリと重く、何やらふわふわしていて・・・・・・何だ?
俺がプレゼントを持ったまま固まっていると、早く開けろと言わんばかりに周りの奴らから好奇の視線を身体全体に感じた。
ったく、何なんだ一体。
『・・・・・・なんだコレ。』
開けて出てきたのは大きな熊の縫いぐるみ。
誰がこの年になってこんな大きな縫いぐるみを貰って喜ぶと思っているのだろうか。
俺がどうリアクションしていいのかわからず、ただ真っ直ぐにつぶらな瞳の熊と見詰め合っていると、
奴らの大きな笑い声と共にカシャカシャとカメラのシャッターが鳴る音がそこら中から聞こえてきて、思わず眉間に皺が寄る。
『ぎゃははははははははははは!!!』
『てめえ何がしてえんだお前は!!!』
『ひぃい腹痛い!!わ、笑い過ぎて腹痛いよ跡部!!』
『そのまま死ね!!!』
バシバシと地面を叩きながら腹を抱えて笑うを見下ろし、俺はマジで切れそうになっていた。
の目には笑い過ぎて涙が浮かんでいて、滝やジローや岳人、忍足や宍戸、コイツらも同じように笑ってやがる。
長太郎あたりはきっと一応は悪いと思っているんだろう。
肩を震わせながらだが、笑っているのは変わらない。
日吉は陰でこっそりと鼻で笑っているのが聞こえた。
『跡部にクマー!!!』
『・・・・ジロー、お前・・・・』
『ガハハハハまじで跡部意外と似合うー!!!』
『ね?跡部には熊だって言ったでしょ!!?』
『確かに羊じゃ似合わなかったねー!!』
『っつか縫いぐるみ似合わねえと思ってたけど案外似合ってんじゃん跡部!!』
『ほんまええ感じやで自分!!ちゃんとこれから寝るときは抱いて寝えや!!!』
『・・・・・おまえら・・・・・』
何だこの盛り上がりようは。
つか似合ってねえよ何処見てんだお前らは。
呆れてものも言えないでいると、涙目になったが立ち上がり、俺のことを見上げた。
『跡部これ、みんなと思ってこれからはベッドの横に置いといてね。』
『あん?』
『これで寂しくないでしょ?』
あの部屋無駄に広いくせに何もないもんねーなんて言って同意を求めたジローと「ねー。」と言い合っている。
何を今さら・・・。
そう思ったけど声に出せなかったのは、
少なからずコイツらのこの迷惑極まりない行為が、俺にとって嬉しいものだったんだなと、今になって思った。
『・・・・・フン、ま、貰ってやるよ。』
あの時は、こんな言葉しか言えなかったけど。
俺は、嬉しかったんだ。
「アウト!!ゲーム芥川!タイブレーク!!」
コートのラインぎりぎりにボールが落ちるのをスローモーションのように目で追っていた。
宍戸の大きく張り詰めた声が辺りに響き渡る。
周りのギャラリー達から聞こえてくるざわめきの声。
俺の額に汗がへばり付いて、肩を大きく上下に揺らしながら息を整える。
俺が、ジロー相手にタイブレークだと?
そんなこと、今までだったら、絶対にありえなかったのに。
それはこれからだって、ありえないと、思っていたのに。
「ねえ跡部・・・・俺、跡部のためにたくさん泣いた。」
「・・・・・っ!」
「俺は別にそれでもよかった。だけどそれって、・・・跡部にとってはよくないことでしょ?」
ボールが弾む。
息が上手く続かない。
テニスが、出来ない。
打っては返ってくる球を必死に追いかけ、また返す。
俺の体力は限界を達していて、うまく体をコントロールすることができない。
それはジローも同じのはずだ。
が、ジローは何故かいまだ強い眼差しのまま汗いっぱいの体を必死に動かしている。
おかしい。
何かが、おかしい。
「ねえ何でずっと技使わないの?」
そうだ。
俺はさっきからずっと、返ってくるボールをただ打ち返しているだけ。
ありえない。
畜生、
このままじゃ・・―――――――
俺は、負ける?
「頑張れ跡部!!」
本当は、忘れたくなかった。
の声。
の笑顔。
の、存在。
全てを、覚えておきたくて、
でもそれが怖くて。
が俺の前からいなくなるという事実が、ただ怖くて。
信じたくなかった。
いつまでもアイツは俺の側にいると。
いつまでもアイツは俺の側にいてくれると。
そう、思い込んでいたから。
忘れようと、
こんなに寂しくて苦しいのなら、
いっそのこと、
全て忘れてしまえばいいと。
アイツなんて、なんて、
初めから存在していなかったと思えば楽になるのかなと、
そう思ってずっと知らないふりをしていたのに、
アイツらは、他の奴らはいつまでも暗い顔して何かを思い悩んで。
そんな態度が俺の中のの記憶を、嫌と言うほど引き出してきやがって。
いい加減にしろってんだ。
俺は、忘れたい。
苦しいのは、
寂しいのはもう嫌だ。
縫いぐるみなんていらねえ。
部屋が寂しくったって別にかまわねえ。
俺にはこの部活という場所が、
という場所があったんだ。
でももうそれも、今はない。
「跡部!!!!」
なあ、。
こんな俺、お前が見たらどうする?
呆れる?
怒る?
殴る?
それとも・・―――――
お前のことだからきっと、「バーカ」って言って笑うんだろうな。