君の死、僕の涙
握り締めた。
放したくないと。
これが夢でないようにと、
ただ願いながら。
ただ止まらない
逃げて、
逃げて、
ただ逃げ続けた。
それでもやっぱり、君の死を思い出す。
宍戸が帰ったあと、俺はただ宍戸から貰ったのマスコットを片手に、泣き続けた。
もう目は真っ赤で、腫れぼったい。
今誰かに顔を見られたら、絶対笑われる。
それがなら、なおさら。
『あっは、ジローぶっさいく〜!!』
そう言って、俺の顔を指差すんだ。
そう言って、忍足や岳人を呼んできて一緒に笑う。
極めつけには携帯で写メっちゃうくらい。
あーうっとうしい。
想像するだけでイラッてする。
だけど、
そんなことは絶対ありえないから。
もうはいない。
だからありえない。
絶対ありえない話。
そう考えると、また余計に涙が溢れ出てきて、手に握ったマスコットを濡らしていく。
せっかく貰ったのに、もうぐしゃぐしゃだよ。
あーあ、絶対に怒られる。
ねえ、笑ってもいいよ。
俺の顔指差して笑ったっていいからさ。
だから、俺の前に現れて。
もう一度だけ、現れて。
もう、逃げないから。
ずっと、を思い出すから、眠りたくなかった。
夢を見たくなかった。
君は毎回必ずといっていいほど俺の前に姿を現したよね。
そして俺が気持ちを伝えようとなると切なそうに笑って消えていく。
伸ばした手は、また空回り。
夢を見るたびにの死を実感させられた。
はもうこの世にいないのだと言うかのようにが死んだあの日ばかりを夢見る。
だから逃げ続けた。
寝ないように、寝ないようにって、いつもよりうんと睡眠時間を減らした。
だけどいつも気がついたら夢を見ていて、
ほんの短い間だけの夢を見てる。
せっかく寝ないようにしてたのに。
せっかくのこと、思い出さないように避けていたのに。
でも、それがいけなかったんだよね。
の死を認めなかったから、はいつもここぞと言う時に消えちゃったんだよね。
だから俺の涙は止まることがなかったんだよね。
俺は、の死を乗り越えなくちゃ、ダメなんだよね。
「・・・・・・・・レギュラー落ちなんて、絶対ヤダ。」
やっと掴み取ったんだ。
君に褒められたくて、
君に「おめでとう」って言われたくて。
君が、あまりにも嬉しそうに「応援してあげる」って言ってくれたから。
「この場所・・・誰にも譲らない。譲るもんか。」
レギュラーになる前は誰にも見えないところでいつも練習していた。
疲れて、いつの間にか眠っちゃった時、
目を覚ますとが悪戯に笑って俺の隣に座ってるんだ。
「・・・・・っー・・・・・。」
俺、レギュラーになったんだよ?
大会だって出れるようになったんだよ?
それが終わったら・・・・
伝えようって思ってたのに。
伝えたい。
伝えたいよ。
もう目を背けたりなんてしないから。
もう一度、
もう一度だけ現れて。
そしたら言うから。
もう、逃げないから・・―――――――
「おーはーよーごーざーいーまーすー。」
耳元で低く響くこの声は、練習疲れで眠ってしまった時に聞こえる俺の目覚まし。
何だか背筋がぞわぞわってしてついつい起きちゃうんだ。
まあ簡単に言えばの俺を起こす声なんだけどね。
「・・・やめろよー・・・気持ち悪い。」
「おいおい、起こしてやったのに気持ち悪いって何よ。寝坊助。」
「ふぁ〜あ、今何時?」
「7時過ぎ。部活はとっくに終わりましたー。わー私早く帰りたいなージロー君。」
俺は欠伸をしながら起き上がると、冷ややかな目で見つめるに「ごめんごめん」って言いながら頭を撫でた。
「ジローに頭撫でられるのって嫌い。」
「えーなんでー?」
「どちらかというと撫でたい、かな?」
「俺だってに頭撫でられるのいやだって・・・。」
「何でよ!」
「えーそこで怒んなくったっていいじゃんか・・・。」
フンッと鼻息を立てたは、頬を膨らましながら立ち上がってスカートの埃を払い落とす。
おいおい、パンツ見えてるって・・・。
見えてるよって言えばのことだから絶対余計に見せてくるんだろうな。
・・・・有り難味のない奴。
「あー今日もレギュラーになれなかったなー。」
「なれなかったなー・・・って、まずは試合に勝たなくちゃ。」
「練習してんのに何でなれないんだよー!跡部なんてもうレギュラーだってのに!!悔Cー!!」
せっかく起き上がったのにまたゴロリと寝転がる。
はやれやれと俺の顔を覗き込んで溜め息を吐いた。
あ、何か俺、このシーン知ってる。
確かこの日はレギュラーになれるかなれないかの試合があって、
俺、ボロ負けしちゃった日のことだ。
それが悔しくて、試合の後またすぐにいつもの秘密の練習場所で一人でこっそり練習して、
それで眠くなっちゃって寝ちゃって、起きたらがいて・・・・
「だったら寝ないでさっさと練習しろよ。」
俺、怒られちゃったんだ。
あまりにも練習中に寝ちゃうから。
寝ちゃうくせに勝てないとブチブチ文句を言っちゃうから。
に怒られちゃったんだ。
だけど、それと同時に、
は俺の背中を押してくれたんだっけ?
「ほら、応援してあげるから。だからさっさとラケット持つ!」
「え!まだやるの!?」
「当たり前!あと十五分はできる!!はいジローは前衛に立って・・・」
無理矢理立たされてラケットを握らされる。
無茶苦茶だって思っても、やっぱりお気に入りの子に応援してあげるって言われたら嬉しいもので・・・
俺は文句を言いながらもと残りの十五分だけ命一杯練習したんだ。
ふと、ボールが俺の足元に転がって止まる。
ラケットを振っていた手が、何を思ってか、ピタリと止まった。
何やってんだ俺。
こんなことしている暇はないだろ。
違う。
違うんだ。
これはもう、記憶の中の話で、
こんなことしている場合じゃないんだった、俺。
「・・・・・・ジロー?」
が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
な、違うだろ?
あの日と違うだろ?
これは夢であってあの日とは違うんだ。
これはもう、終わってしまった過去。
「ねえ・・・聞いて。」
「え?」
俯いたまま、ラケットを持った手を下ろして小さく声を絞り出す。
は一瞬眉を顰めて俺の顔を覗き込むのをやめた。
逃げない。
逃げたくない。
だから、動くな。
足よ、動くな。
「・・・・、俺、が死んだって信じたくなかった。」
「・・・・・・・。」
「でもどんなにを思い出さないようにしたっては俺の中に現れたよね。」
夢の中に、
何度も何度も・・・
まるで、
忘れるなとでも言っているかのように。
「その度に泣いて、泣いて、泣いて・・・・止まらなかったよ、涙。」
「・・・・・・ジロー・・・」
「もう、の死に目を背けたりしないからさ、これだけ言わせてよ。」
いつも、言わせてもらえなかった言葉。
言う寸前に目が覚めて、
伸ばした手はいつも空回り。
いやだよ。
もういやだ。
苦しいのは、もういやだ。
「・・・・・・・もう、言ってもいい?」
この気持ち。
あの日君に言おうとしていたこの気持ち。
いつだって言えると、
そう信じて言わなかったあの言葉。
は溢れる涙を堪えながら、唇を噛み締めて頷いた。
それを合図に俺はラケットを捨て、に向かって手を伸ばした。
届け。
それだけを願って。
「やっと、捕まえた。」
今度はちゃんと伸ばした手に触れたの感触。
俺の胸の中にすっぽりと納まって、お互い震えているのが体から伝わった。
「あのね、俺ね、がね・・・」
息を呑む。
これで、もう大丈夫。
俺は、君を見失ったりなんかしない。
「好き。」
涙は止まらない。
まだ流れ続けている。
腕の中にいたの感触は、もう消えてなくなっているけれど。
手の平の感触はまだ残ってる。
マスコットに滲み込んでいた涙の跡はすっかり消え去っていて。
だけど俺の頬にはまだ涙は流れ続けていて、
「・・・・・あれ、止まんないや。」
苦しくはない。
大丈夫。
ただ止まらないだけ。
ただ、止まらないだけ。
「・・・・・・やっと、言えたよ・・・・よかった、。」
君が好き。
君が好き。
それが言いたくて、
俺はそれだけが言いたくて、
ゴロリと大の字になって後ろに倒れこんだ。
俺の涙で濡れたベッドが、ギシッと鈍い音を立てて沈む。
『あのね!俺、レギュラーになったよ!今日から俺、レギュラーなんだよ!!』
そして俺の意識はまた、そのまま夢へと消えていった。