君の死、僕の涙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのな、俺、

 

好きやったんよお前のこと。

 

それはもう決して伝わることはないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を置き去りに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が心地良く、そんな日は少し目を伏せ風に身を任せるのも悪くはなかった。

お前が作ったこのマスコットを滝から受け取り、ひとり家の近くの公園で風に吹かれていた。

 

 

 

 

 

「マスコット、なあ・・・・。」

 

 

 

 

 

俺の姿をしたマスコットが携帯に繋がれて転がっている。

顔があまりにもいやらしすぎて見た時は思わず吹き出してしまった。

よう見てるわアイツ。

こんな俺の顔表現できるとかアイツほんまは不器用じゃないんかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 結果の出せない者は明日からレギュラー落ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レギュラー落ちはきついな・・・。」

 

 

 

 

 

空いている方の手をグーパーグーパーして感触を確かめる。

いつからか、ラケットを握っている感触を忘れかけつつあった。

ただラケットを振るたびにの姿が頭を過ぎる。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・あの日に、戻りたいわ。」

 

 

 

 

 

できることなら戻りたい。

が死ぬ、その日でもいいから戻りたい。

アイツを、を死なせたくない。

 

 

 

 

 

みんなで一つのもん目指してアホみたいにラケット振っとったあの頃に、

 

何でもいいから戻りたかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・っ」

 

 

 

 

 

頬に伝う生暖かいものに、そっと触れる。

それは頬から指先を伝って地面にぽたりと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな、俺、

 

お前のこと好きやってん。

 

何でって聞かれたらわかれへんけど、

 

たぶん俺はあの日からお前のこと特別視しとったんは確かや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マネージャーが今年は16人入部体験に来たぞー。」

 

 

 

 

 

そう言ったのは二つ年上の、三年生の当時の部長だった。

去年より少し多いらしく、そやけどまたすぐ辞めるやろう言ってた。

その証拠に今の2、3年マネージャーは0人や。

でもやっぱり俺達部員からしたら辞めんといてほしいのは事実。

可愛い子見ながら部活ってのも魅力的やけど、それよりも雑用しぃもって部活とか、ダルイこのうえないからな。

 

 

 

 

 

というわけでマネージャーが部員の前に立って自己紹介が終わった後、俺は一通りのマネージャーに声かけてみた。

いや、だってどれも可愛えねんもん。

 

 

 

 

 

「うん頑張る〜!!」

 

 

 

 

 

辞めんように最後に頑張ってな、って言うとどいつもこいつも口数そろえてそう言う。

甘い、猫なで声。

首をちょこっと捻って可愛らしく笑ってた。

ああ、顔は可愛いねんけど何かな〜。って思いが強くて、俺は誰にも気づかれへんように顔を歪めて笑った。

 

 

 

 

 

そして最後、16人目のマネージャーに声かけよう思ったらもうどこにもおらんかったんや。

何やねん。忙(せわ)しない奴やな。

キョロキョロと見回すと、案の定ソイツはもうひとりで仕事を始めてて、

あっち来たりこっち来たりで何や楽しそうに仕事しとった。

 

 

 

 

 

「それもいつまで続くのやら。」

 

 

 

 

 

俺はそんな冷めた目で遠くからアイツ、を見とった。

他のマネージャーはいろんな人と談笑しながらも、何人かはゆっくりと仕事に取り掛かり始めていた。

部活後にでも、話しかけようかな。とをぼんやりした視界に定めて俺も練習を始めた。

 

 

 

 

 

「自分何組の何ちゃんなん?」

 

 

 

 

 

ちょうど休憩で、ドリンクを配りに来たを見つけ、

最後に並んで空になった籠を抱えたに話しかけてみた。

するとアイツ、俺の顔見た瞬間ごっつい嫌そうに露骨に顔歪めよったんや。

何?俺なんかしたか?

そう思うのが普通やと思うけど、それよりもあまりの予想もせぇへんかった態度に、

俺は少なからずちょっと動揺してもうた。

 

 

 

 

 

「1組ちゃんです。」

「あ、1組やったら岳人とジローと宍戸と一緒ちゃうん?」

「・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

一応クラスと名前は教えてくれたことにほっとする。

何で俺こんなにコイツに対して気ぃ遣ってんねやろ。

めっちゃ一言一言に気を張り巡らして喋ってるんですけど・・・。

ほんで何でコイツは今こんなに考え込んでるんや?

まさか誰か知らん奴でもおったか?

俺が心配そうに返事を待ってると、急に顔を上げたは「ああ!」と言って手を叩いた。

俺の肩がびくぅって跳ね上がる。

ほんま何やねんコイツ・・・。

 

 

 

 

 

「そうそう岳人とジローと宍戸と一緒!」

「ちょ、何でそんなすぐにわからんの!?」

「いや、宍戸って誰かなーって・・・・。」

「あ、さよか。」

 

 

 

 

 

えへへ、と照れたように頬を掻くコイツの表情は、

まるで子どものように邪気のない笑顔やったから、

俺も自然とそのままの笑みで返した。

 

 

 

 

 

マネージャーよりも早くに仮入部を終えている俺達部員は、

もうすでに部内で親しい奴同士でつるんでて、

その中に岳人、ジロー、宍戸がおったから何となく聞いてみたけど、

よくよく考えればそうやんな。

俺が知ってるからってが知ってるわけないもんな。

 

 

 

 

 

忘れられてた宍戸を少し哀れみながらも、俺はもうそろそろ休憩終わりなことに気がついて、

残ったボトルをまた再びの持つ籠の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

「ほな、これからよろしゅうな。」

「おう、任しとけ。」

「なんやイカツいで自分。」

「頼りになるでしょ?」

 

 

 

 

 

そう言って歯をむき出しにして笑うに、

俺は一瞬何も言われへんようになって、その場から動かれへんようになってしもた。

何やろうこの気持ち。

 

 

 

 

 

「なあ、何でさっき俺が話しかけたら嫌そうな顔したん?」

「え!気づかれてた!?」

「気づくも何も、ものすごく露骨やったんですけど・・・。」

 

 

 

 

 

やっぱりあれは見間違いじゃなくて嫌そうな顔しとってんなーと思うと、

急に胸がチクリと痛んだ。

まあ普通初対面の人に嫌われたら傷つくんは当たり前やろうけどな。

は気まずそうに視線を逸らすと、「あー」と声を漏らしながらまた頬を掻いた。

 

 

 

 

 

「うん、ごめんね?」

「は?」

「だから気を悪くしたでしょ?ごめんって言ってんだよ。」

「・・・・・いや、ええけど・・・。」

 

 

 

 

 

「私、人見知りするから。」

 

 

 

 

 

嘘や。

何か知らんけど咄嗟にそう思った。

 

 

 

 

 

でもそれはほんまやったらしく、はこの日、

俺が話しかけるまで同い年の奴とは誰とも喋っとらんかった。

でもクラスにはちゃんと友達いるんだよ?と照れくさそうに言い訳をするコイツを見て、

俺は無性にコイツの頭を撫でてやりたくなった。

 

 

 

 

 

「ちょ、何すんのよ!!死ね!!」

「死ねて・・・口悪・・・・。」

「きゃー頭ぐしゃぐしゃじゃんか!バカ!」

「さっきより可愛くなったやんよかったな。」

「ムキー!!アンタの頭バリカンで剃るよ!!」

「俺ハゲ似合わんからええわ。遠慮しとく。」

 

 

 

 

 

が俺を睨みつけてフンと鼻息を出したその時、

コートの真ん中で部長が「集合!」と叫んだので俺は今度こそ踵を返した。

そして振り返る。

 

 

 

 

 

「それじゃ、辞めんと頑張ってな。」

 

 

 

 

 

本日16回目のお決まりの台詞を吐く。

お決まりの返事を期待して、俺は笑った。

そやけど心のどこかでは、ならではの違う返事を、俺は期待しとったんかもしれへん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、辞めないし。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきりと、確信を得た言葉。

俺は目を見開いて、そやけど驚きを悟られへんようにすぐ前を向いて速足で部長のもとへ向かった。

そういえば今日はこれからレギュラーを決めるランキング戦やったっけな。などと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんやねん。

 

お前はなんやねん。

 

なんで・・――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忍足。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼ばれて振り返る。

 

 

 

 

 

アイツは、は、籠を握り締めたまま、切なそうに笑ってた。

あれ、こんな記憶俺にはない。

ここでアイツが俺を呼び止めた記憶なんか俺にはないで?

 

 

 

 

 

「負けるなよ。」

 

 

 

 

 

何の話や?

俺はこの時ランキング戦で勝てる実力じゃないことくらいもわかってたやろ?

何で俺にそんなこと言うねん。

なんで・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは夢か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは夢で、

 

アイツはや。

 

 

 

 

 

俺がよく知ってる。

 

大好きなや。

 

 

 

 

 

風が緩やかに吹いて、俺との髪を微かに揺らした。

が、俺の方をじっと見て、そして切なそうに眉を下げていつものようにニシシと笑った。

 

 

 

 

 

「私、忍足が負けるところはもう見たくないよ。」

「・・・・・ああ、約束したもんな。今日。」

「あれ、覚えてた?」

「だって今日やもん。」

 

 

 

 

 

そうだ。

この日のランキング戦で負けた俺に、は「お疲れ様」っつって自販機で勝ってきたアクエリをくれた。

俺は無言でソレを受け取って、何も言わずに飲んだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・負けてもた。』

『まあ一年だからね。』

『あんなぁそんな理由は通用せぇへんねんで!』

『だったら次のランキング戦までに目標立てよう目標!』

『はあ!?』

『目標作った方が人の伸びはいいらしいよ。何かそんなこと誰かが言ってた気がしなくもない。』

『どっちやねん。』

『言ってた!で、何にする?』

『・・・・・・負けへん。』

『え?』

『一試合も負けへん!これでどや!!』

『・・・・うっわーアグレッシブ。』

『アグレッシブ・・・って何か違うくないか?』

『まあ気にすんな。ツッコミ間違えただけだから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やねん。

 

何でお前はあの時から俺のこと見てくれとったくせに、

 

それやのに俺が最も一番輝ける時におってくれへんの?

 

大会、今からやん。

 

俺が三年間テニス部やってきて、これからが本番やん。

 

それやのに、何でやねん。

 

 

 

 

 

「私ね、悪いと思ってる。」

「・・・・何、が?」

「こんな大事な時に・・・・・みんなの邪魔して・・・・」

 

 

 

 

 

邪魔やないよ。

邪魔やない。

むしろ戻って来てほしい。

今すぐにでも、戻って来てほしいんや俺達は。

 

 

 

 

 

そんな顔すんな。

そんな顔せんとって。

そんな顔して、俺の前に現れんとって。

 

 

 

 

 

じゃないと、安心できへん。

 

 

 

 

 

「・・・・みんなに、みんなに大会に出てほしいの。」

「・・・・出るに決まってるやん。」

 

 

 

 

 

負けへん。

負けられへん。

 

 

 

 

 

俺達はレギュラーやで?

大会に出る為に俺達は今までどれだけの練習を育んできたか。

それはお前が一番ようわかってることやないん?

 

 

 

 

 

俺達は何としてでも、と共にあの会場に立ちたかったんや。

 

 

 

 

 

「見とき、。」

「お、したり・・・?」

「俺は約束だけは守る男や。」

「・・・・・・。」

「明日の試合なんか、絶対負けへん。」

 

 

 

 

 

ぎゅっと拳を握り締める。

感触を、忘れてしまった感触を、

 

 

 

 

 

必死に探し求めてた。

 

 

 

 

 

「アイツらだって、負けへん!!」

 

 

 

 

 

それは俺のただの願い。

 

負けてほしくない。

 

負けたくない。

 

そやけど、口に出せばそれが本当になるような気がして。

 

 

 

 

 

「・・・っ本当?」

「ああ、ホンマや。」

 

 

 

 

 

もう一度、手の平を強く握り締める。

ラケットを、ラケットを握りたい。

握って、あの日のように、

 

 

 

 

 

みんなで真剣に、時には笑いながら共に過ごしてきたあの日々のように、

 

 

 

 

 

思いっきり勝利だけを考えてラケットを振りたい。

 

 

 

 

 

風が吹く。

風が吹いての姿を少しずつ、少しずつ消していく。

 

 

 

 

 

消えんといて。

 

消えんなや

 

お前も行くんや。

 

勝って、勝って、勝って。

 

俺達がずっと目指し続けてきた全国へ。

 

今年もみんなで行こうや。

 

 

 

 

 

なあ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、は・・・お前のために・・・勝ち続けたる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風に乗せて。

その言葉を置き去りに。

 

 

 

 

 

風と共に置き去りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、やっぱりここは公園で、マスコットは足元に転がっていて、

それを取ろうとしゃがみ込んだ時、

知らないうちに溜まっていた涙が地面に落ちていった。

 

 

 

 

 

「――――――・・ッ!!」

 

 

 

 

 

マスコットを握った手が、止まる。

ラケットを握った感触が蘇る。

 

 

 

 

 

頭の中は、この三年間の想い出が走馬灯のように駆け巡り、

その中で何度もが俺の前で屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

何度も、アイツらと共に過ごした日々が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きやったよ。

 

好きやったんよ

 

アイツらと、お前と共に過ごした日々が、

 

あの輝かしき日々が、

 

俺は何よりも大切やったんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・悪いな、。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この先、何があっても俺達の中にお前はおらんけど、

 

俺達は全国へ行かせてもらうで。

 

 

 

 

 

そやからお前は、俺達の支えとして、心の中で笑ってて。