君の死、僕の涙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、強くありたい。

 

お前にそんな顔させるくらいなら、

 

俺はお前を越えて強くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強さを求めていいですか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、滝から渡された物を手の中で転がす。

これはあの時、家庭科準備室で見た物だろう。

 

 

 

 

 

の、願い。

叶えてやりたい。

叶えてやりたいのにうまくいかない。

このままじゃレギュラー落ちしたっておかしくねぇんだから。

 

 

 

 

 

「鍵開いてるし。」

 

 

 

 

 

無用心だな、とドアノブを回す。

インターホンを鳴らしても携帯を鳴らしても誰も出なかったからてっきり家の中は留守だと思っていたのに。

何度か来たことのある家に足を踏み入れ、「お邪魔します。」と誰も聞いていないのに呟いてみた。

家の中は真っ暗で、二階にいるのだろうかと、そのまま真っ直ぐに階段を上った。

 

 

 

 

 

「よかった、いるんじゃねぇか。」

 

 

 

 

 

二階に上がって突き当たりにある部屋のドアの隙間から光が漏れているのを確認し、留守じゃなかったことにホッとする。

不法侵入じゃん俺、と苦笑し、ドアを数回ノックした。

 

 

 

 

 

「おいジロー!いんのか!?開けるぞ!」

 

 

 

 

 

返事を聞くまでもなくドアノブを回して開ける。

廊下が暗かっただけに部屋の光が目に滲みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あー宍戸だー・・・。」

「!、ジローお前!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジローは、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドの上に上半身だけ起き上がらせて座って、顔だけを俺に向けて弱々しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

何だよコレ。

何がどうなってんだよ。

何でジローがこんな・・―――――

 

 

 

 

 

がね、泣いていいよって。」

「あ?」

「いっぱい泣いて元気になれって・・・」

 

 

 

 

 

何の話だろうか。

ジローのことだから・・・夢か?

 

 

 

 

 

「なのに泣いても泣いても悲しいだけで!寂しいだけでッ・・・いつまで経っても止まらないんだ!」

 

 

 

 

 

唇を噛んで布団を握り、俯いた拍子に涙をボタボタと落とす。

見てるだけで、息が止まりそうだった。

 

 

 

 

 

「好きだって、言いたいのに・・・いつもそこで目が覚める!は・・・俺に何がしたいの?」

「・・・ジロー。」

「どうすれば、どうすれば夢が覚めるの!?」

 

 

 

 

 

とうとう泣き崩れてしまったジローに思わず顔を歪める。

きっとジローは、眠りにつくたびに夢の中でに会い、いつも好きだと伝える直前に目が覚めるんだろう。

 

 

 

 

 

夢は、終わることもなく進むこともない。

それはきっと、ジローが変わらなければこれから先、ずっと変わることもないだろう。

 

 

 

 

 

「ジロー、明日部活に来い。」

「・・・・・。」

「レギュラー落ちなんて、絶対すんなよ。」

 

 

 

 

 

滝から預かった俺のではないもう一つの袋を投げ渡す。

ジローの膝の上に転がったそれを、ジローは手に取ることなくぼんやりとした虚ろな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジロー、強くなれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言だけを残し、俺はジローの部屋を出た。

閉めたドアの隙間から、ジローの声を我慢して泣く嗚咽が漏れて聞こえた。

 

 

 

 

 

強くなれ。

 

強くなるしか道はないんだ。

 

強くなれよ、ジロー。

 

俺達は、いつまでもここにはいられないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

握り締めた。

 

アイツから最後のプレゼントとなるマスコット。

 

似てるのか、似てないのかわからない、

 

不器用な笑みを浮かべた俺の顔したマスコットに、

 

俺はただ泣き出しそうな表情しか向けることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう。」

 

 

 

 

 

振り返るとアイツがいて。

俺にタオルを差し出してきた。

 

 

 

 

 

「・・・・・おお、サンキュ。」

「これでめでたく明日からまたレギュラー復帰ですか!?」

「・・・・ああ。」

 

 

 

 

 

そうだ。

この日は俺がレギュラー復帰した日のと俺だ。

前日まで長太郎と死ぬ気で特訓して、試合で滝に勝って、

監督の前で髪を切ったあの日の帰り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツは、は俺に、

「みんなには内緒だよ」っつって俺のイニシャル入りのタオルをくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何コレ、激ダサ。」

「私が今日のために作ったんだ。有り難く受け取ってくださらないかな宍戸君。」

「・・・・針とか刺さってねぇだろうな。」

「あのね、何か勘違いしてるようだけど私そこまで不器用じゃないよ?」

 

 

 

 

 

何だかいろいろなことが混ざって、照れくさくて、

俺はアイツに悪態ばっかついてタオルを受け取ったっけ?

ホントはすっげぇ嬉しかったけど、素直に喜べない俺だから。

でもそれをちゃんとわかってくれてるはただいつもどおり笑って俺の首にタオルをかけなおしてくれた。

 

 

 

 

 

「うんうん。今回は上手くいったいった。」

「嘘つけ。このS.RのRがかなり歪じゃねえか。」

「えーそれは宍戸の目がいがんでるんだよ〜?」

「俺の目は正常だ!!」

 

 

 

 

 

アハハ冗談だってばー。大目に見てよー。なんて言いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。

痛い痛い痛い痛い。

容赦ねえなホント。

俺がギッと睨みつけると、「おお怖い」と、怖いなんてちっとも思ってない顔をして俺から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ、

 

なんでお前今生きてねぇの?

 

なんで死んだりしたんだ?

 

死ぬ必要なんて、どこにもなかっただろ?

 

お前が死んだせいで、みんなぼろぼろなんだぜ?

 

誰も、自分の足で立っていることすらできてないんだぜ?

 

どうすれば、もう一度お前が生きてた頃のように俺達は笑い合うことができるんだ?

 

 

 

 

 

 

なあ、

 

なあ

 

頼むから、教えてくれよ。

 

どんなに考えたって、

 

俺にはわかんなかったんだ。

 

 

 

 

 

誰を助けることも、

 

自分すら助けることもできなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・宍戸は、強いね。」

「あ?」

 

 

 

 

 

俺の隣にはまだアイツがいる。

眉を下げてらしくない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

俺が強い?

 

俺が強いってのか?

 

 

 

 

 

だったら、だったら何で未だに俺はお前のことを夢見てんだよ。

 

俺は強くなんてない。

 

俺は強くなんて、なかったんだ。

 

 

 

 

 

「私の死を、ちゃんと受け入れてる。」

「―――――・・ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほら、やっぱり、これは夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く、みんなが宍戸みたいになってくれたらいいのに。」

「・・・・・、お・・前・・・」

「ジローはもうすぐ乗り越えることができそうなんだ。だけど・・・」

 

 

 

 

 

言葉に詰まって俯く。

その拍子に頬を伝って落ちた涙が地面に染み込んでいった。

 

 

 

 

 

それが、あまりにもリアルで。

 

夢のはずなのに、現実なんじゃないかって、思ってしまった。

 

 

 

 

 

そんなはず、ないのに。

そんなこと、ありえるわけがないのに。

目に映る光景が、あまりにもはっきりしすぎていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「跡部が・・・・泣かないの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったお前の顔は、俺の涙を誘うのに十分なほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめろよ。

 

やめてくれ。

 

そんな顔すんな。

 

 

 

 

 

死んで。

 

お前は死んで。

 

笑っててくれなきゃ嫌だ。

 

 

 

 

 

「苦しいの。いつも息が詰まりそうな顔してて・・・・・」

「・・・・っ」

「ジローがその分ずっと泣いてる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 泣いても泣いても悲しいだけで!寂しいだけでッ・・・いつまで経っても止まらないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

跡部が泣かない代わりに、ジローが泣いてたって言うのか?

だから涙が止まらなかった・・・って言うのかよ。

だから、ジローがいつまでもの死を乗り越えられないって言うのかよ!!!

 

 

 

 

 

そんなのってねえよ。

あんまりじゃねぇか。

ジローは・・・・

ジローはあんなにも苦しんで、

いつまで経ってもあの場から抜け出せない。

 

 

 

 

 

それが全部跡部のせいだってのか?

 

 

 

 

 

「・・・・宍戸は、もう大丈夫でしょ?」

「・・・・俺?」

「そう、宍戸はもう自分の足で前へ進めるよね。」

 

 

 

 

 

いつの間にかの目から涙は消えていて、

強い、真っ直ぐな瞳に俺は吸い込まれそうになった。

 

 

 

 

 

前へ、自分の足で進める。

 

そんな心の準備はまだしてねぇ。

 

だけど、強くなりたいとは思った。

 

が死んでから何度も何度も・・・

 

自分の足で立っていたいと、

 

そう何度も思った。

 

 

 

 

 

俺は、もうひとりで大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

「負けないで、宍戸。」

 

 

 

 

 

拳を前へ、突き出す

 

俺が試合に勝った時は必ずそうやってベンチに戻る俺を出迎えてくれたよな。

 

 

 

 

 

「もう二度と、レギュラーの座を落とさないで。」

 

 

 

 

 

一度味わった挫折。

 

お前が、がいたから乗り越えられた。

 

今度落ちた時は、

 

もうお前は俺の隣にいてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は自分の足で突き進みなさい、宍戸亮。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体の横で拳を作る。

 

今度は自分の足で前へ、前へ。

 

そのために俺は震える拳をお前の拳へと突き出すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当然・・・だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の視界は涙で歪んで見えなかった。

 

笑おうと頑張ったけど、思いっきり変に顔を引き攣らせて、

 

震えて掠れた声を絞り出して言った返事に満足したのか、

 

は嬉しそうに笑顔のまま俺の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

薄れゆく記憶の中、

 

俺はアイツと合わせた拳でそっと口を押さえ、

 

自然と出てくる嗚咽を堪えてアイツの名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ずっと・・・好き、だったぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はもっともっと強くなる。

 

だけどいつかまたお前を頼りたくなったそんな時は、

 

お前の代わりとなるこのマスコットを手に取るから。

 

だからお前はずっと見ていてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はもう、二度と負けたりなんてしねえんだ。