君の死、僕の涙
すごいな、といつも感心させられた。
貴女はいつだって俺達をしっかり見ていて、
思いもかけないことをやってのける。
俺はそんな貴女をずっと、尊敬してきたんです。
叶わぬオーダー
『あー長太郎パンツ見えてるー!!』
『ええ!?』
『あは、嘘なのに本気にしちゃってー本当可愛いんだからもう!!!』
先輩はいつも俺をからかっては嬉しそうに笑う。
どつかれたお尻を擦り、俺はビックリして振り返る。
そこにいたのは大きく口を開けて笑っている先輩の姿があった。
それにつられて何故だか焦っていたはずの俺も自然と笑みが零れて二人して笑ってしまう。
豪快に笑う先輩の顔は、いつも楽しそうだった。
『・・・・宍戸、レギュラー落ちしたんだってね。』
この時の先輩の表情といったら、今にも声を出して泣いてしまいそうなそんな顔だった。
俺はただ頷いて、先輩の視線の先に映る綺麗な髪の宍戸さんをぼーっとした瞳に映していた。
『宍戸のバカには、まだ諦めてほしくないな。』
『・・・・先輩?』
『私、大会のメンバーちゃんと決めてるのに。』
『はい?』
先輩は眉を下げて、ニシシと笑った。
どうやら先輩は自分の中で誰がどの大会で何処でどうでるかとか、跡部さんや監督そっちのけで勝手に考えているらしい。
その先のメンバーの中にはちゃんと宍戸さんの名前も組み込まれていたんだろう。
その中に、俺の名前は入っているのかな。なんて不謹慎な考えが思い浮かんだ。
『あー長太郎。』
『はい何ですか?』
『よろしくね、宍戸。』
ニカッと歯を見せて笑う先輩の表情は、絶対何か企んでいる顔で、
俺にはどうしてそんな風に笑って俺に宍戸さんをよろしくしたのかなんて全く想像できなかった。
だけど、それを知るのに、そんなに時間はかからなかった。
次の日から俺は、宍戸さんとダブルスを組んで居残り練習を始めることとなる。
「長太郎!!」
また、怒鳴られた。
ここ最近、俺は宍戸さんに怒鳴られてばかりだ。
もちろん何もなく怒鳴られてるわけではなく、俺に原因がある。
だから俺もただ肩を落として俯き、謝るだけ。
「・・・・辛いなら、無理にしなくていいんだぜ。」
「そ、そんなことはっ・・―――――!!」
俺に近寄ってきて肩に手を置く。
いつもは怒鳴ってまた練習だったのに、今日は何故か優しい言葉が返ってきた。
宍戸さんの優しさに、思わず泣きたくなってしまう。
だけど宍戸さんの言葉に否定しようとしても返事に詰まる。
だって、辛くないわけがないんだ。
辛い。
辛いです。
本当は、今すぐにでも叫び出したいほど辛いんです。
いつもの見慣れたコートに、あの人の姿がないと、
俺は、辛くて仕方が無いんです。
「・・・・・いつも、怒鳴って悪かったな。」
「え?」
「辛くない、わけねえもんな。まともに練習なんて・・・・できるわけねえよな。」
「宍戸さん・・・。」
もう一度「悪ぃな」と呟いて、宍戸さんは俺の肩から手を退けた。
俯いた宍戸さんの肩が小刻みに震えていて、俺は何も言うことができなかった。
向こうのコートで激しく打ち合いをしている跡部さんにちらりと視線を向ける。
部長である以上、向日先輩やジロー先輩のように休むわけにもいかず、
ずっとずっと眉間に皺を寄せたままのしかめっ面で練習に励んでいる。
はたしてそれがしっかり身についているのかはわからないけれど、
今の跡部さん、いや、宍戸さんでも誰でも、全ての人が息苦しそうな顔をして毎日練習にひたすら打ち込んでいた。
みんな、まるで何も考えないようにしているかのようだった。
「集合!」
跡部さんの低く張り詰めた声がコート周辺に大きく響き渡る。
俺達は急いで汗を滴らせた跡部さんのもとへと駆け寄る。
空気は、重かった。
「今日の練習はこれで終わりだ。」
「お疲れッス!」
「が、今からお前らに重大な知らせがある。」
ゆっくりと、そう紡がれた台詞に、
俺達は無条件で息を飲んだ。
ただ事じゃない。
それはこの今の雰囲気だけで想像はついてしまっていた。
「このままの状態では大会出場をしても勝てるかどうか危うい。よって、」
ダメだ。
その言葉を言ってはダメだ。
やめてください。
やめてください跡部さん・・――――――
「結果の出せない者は明日からレギュラー落ちだ。」
あの人は、それを望んでなどいない。
辺りは一変して静まり返る。
誰も何も言わない。
ただ、その沈黙が俺にとっては何故だかすごく恐ろしく感じた。
隣でずっと無言のまま跡部さんを凝視していた宍戸さんが「あ、」と小さく声を上げる。
誰も何も言っていなかっただけに、その声は前に立っている跡部さんにも届いて、
その冷え切った視線がゆっくりと宍戸さんに向けられた。
宍戸さんの、息を飲む音が聞こえた気がした。
「来てない奴は・・・どうなるんだ?」
来てない奴。
それは言わずもがな、向日先輩とジロー先輩のことだ。
握り締めた拳が、ぎゅうっと音を立てて俺の体のすぐ横にある。
緊張と、居心地の悪さに体が震える。
「もちろん、レギュラーでいられるわけがねえ。」
「そんな!!」
「明日、明日来なければ即レギュラー落ち決定だ。前にも言ったが落ちこぼれは我がテニス部に必要ない。」
「おい跡部!!!」
容赦ない跡部さんの返事にざわめきだす部員達。
跡部さんはそんな部員達を冷ややかな瞳で見回し、そして目を伏せた。
聞いているのか聞いていないのか、
もしくはもう腹の内で覚悟していたことなのか、
跡部さんは眉一つ動かさずに部員のざわめきに耳を傾けることなくただその声が治まるのをじっと黙って待っていた。
貴女は今、笑っていますか?
俺はどうも笑っているとは思えないんです。
だって貴女は、こんな結果を望んでなどいないでしょ?
貴女の決めたオーダーの中に、欠けていい人などこれっぽっちも存在しない。
だから、
貴女は今ものすごく酷い顔で跡部さんを睨んでいるはずだ。
教えてもらったことのある、俺だけが知る真実。
先輩、どうすればいいんですか?
俺達はもう、
貴女の望んだ最強のメンバーで
貴女の夢を叶えることはできそうにありません。