君の死、僕の涙
自分でも、何故だかわからなかった。
自分の思いとは裏腹に、
流れることのない涙に、
俺はいつしか感情を押し殺していることにすら気づかなかった。
君はひとりだけ
信じてなかった。
学校へ行けばまた、がいるんじゃないかって思ってた。
だけどはどこにもいなくて、葬式も終わって一段落がついた今、それを嫌というほど実感させられる。
部活が始まるとそれはいっそう強くなって、喪失感で何も出来なくなってしまった。
「岳人とジローが部活に来なくなって四日目、か。」
部誌を書く手を止めてカレンダーを見上げる。
が死んでからというもの、岳人とジローはめっきり顔を出さなくなった。
理由は明白。
の死を引きずって抜け出せないから。
が死んだ原因を作ったと思っているアイツら二人は特に精神的に参っているだろう。
だけどそれはアイツら二人だけでなく、まだ二人、自分が原因だと思ってる奴がいる。
宍戸と日吉。
こいつら二人は練習に顔を出しているとはいうものの、やばいくらい能率が悪く、
今のままだったら簡単にレギュラー落ちだってしてもおかしくないだろう。
だけど俺様も、他の奴らも言えたもんじゃねぇ。
みんなテニスなんて上の空。
いつも頭の中はのことだけが支配していて、何も手についてはいなかった。
あれだけ勝利に執着していた氷帝学園テニス部は、
あの日を境に一変してどんよりした空気を纏って今日も一日を終わろうとしていた。
『あーとべっ!』
呼ぶな。
呼ぶな。
呼ぶんじゃねぇ。
俺様の名前を気安く呼ぶな。
『うっし、今日私がどの授業も寝なかったら昼飯跡部の奢りね。』
どうしてお前は俺の頭から離れてくれねぇんだ。
いつも安心させられていたその笑顔が、今は俺の心をえぐるものでしかない。
その事実が悔しくて、虚しくて。
だけどそれを形にすることができなくて。
何故だか俺は泣けなかった。
泣きたくて、声を上げて泣きたいくらい苦しいのに、何故だかもどかしいくらいに泣くことができなかった。
ガタン。
部室に誰か残っていたのだろうか。
俺以外誰もいないはずの部室から物音がした。
「・・・萩ノ介か。」
「ごめん、邪魔した?」
奥のトレーニングルームから顔を出した萩ノ介は苦笑いを浮かべて俺の向かいのソファーに腰を下ろした。
空気は重い。
沈黙が続いて息苦しい。
だけどどうやっても俺から話をふることなんてできなくて、ただ萩ノ介が何か言い出すのを待ち続けた。
「岳人とジロー、今日も来なかったね。」
「・・・ああ、そうだな。」
「いいの?部長さん。」
「・・・・・。」
いいのと聞かれていいわけがない。
だからといって無理矢理連れて来たって意味がない。
現に、ちゃんと練習に来ている忍足達だって来ていて来ていないようなもんだ。
結局は誰も練習なんてしていないんだ。
それをわかっていて聞くからコイツは質が悪い。
その何でもないような顔の下にはどんな顔が隠されているのか、一度見てみたいものだ。
きっと、苦痛に歪んで泣いているに違いない。
誰もが、みんなそうに決まっている。
「ジロー、今日の朝倒れたんだって?」
「ああ、この四日、ろくに寝てねえんだと。」
「・・・・あのジローが?へえ、で、部活には参加させずに追い帰したってわけか。」
少し目を伏せてさらりと髪を揺らす。
そんな萩ノ介を見て、俺は何の返事も返さなかった。
返してしまうと、さっきのことを問われてしまいそうで。
何も言えなかった。
『大嫌いだ!』
「・・・・じゃあ僕はもう帰るよ。また明日。」
ガタンと音を立てて立ち上がる。
最後に「跡部も早く帰りなよ。」と言い残し、あまり重くなさそうな鞄を肩に担いだ萩ノ介は部室を出て行った。
また戻ってくる静寂。
息が詰まりそうなくらい苦しくて、
見上げた天井がやけにはっきり見えて腹立たしかった。
「おいマネージャー。」
まだ、俺達がそれほどお互いを知っていなかった頃。
部活中、俺は名前すら覚える価値がないと思っていたアイツに声をかけた。
マネージャーの存在はただの雑用係としか思ってなかった俺は、
ベンチに座って前屈みになりながら頭にへばりつく汗をタオルで振り落としながら続けて用件だけを言った。
「ドリンク寄越せ。」
「その君のお尻の横に置いてあるのはドリンクではないのですか?」
「・・・・・ちっ。」
ちらりと自分の隣を見てみると確かにそこにはドリンクが入ったボトルが置いてあって、
今作ったばかりなんだろう。
ボトルの表面には細かな水滴がついていた。
俺は軽く舌打ちをしてそれを手に取る。
そんな俺を見てアイツはただしてやったりな表情で笑っていた。
負けん気の強い奴。
それが第一印象となって俺の記憶の中に住み着いた。
「おいマネージャー。」
「・・・・今度は何?」
「名前は?」
「え、何を今更・・・・。」
アイツは物凄く顔を歪ませて肩を竦める。
名前も知らなかったのかと言いたげだった。
「だよ。人の名前くらい覚えておきましょうね跡部景吾君?」
くそっ!
何でアイツが、が・・・・・
まさかこんなに早いうちに別れがくるなんて思いもしなかった。
このまま三年間共に同じ部活仲間として共に戦い、
引退して、卒業して、そしてまたいつかこの中学の三年間を笑って話せる日がきたらって、
そんな漠然とした思いの中、俺は毎日を過ごしてきた。
だから、誰かが死ぬなんて、考えもしなかった。
「・・・・何で・・・・お前が死ぬんだよ。」
殺しても死なない奴だと思っていたのに。
どんなことがあっても最後まで生きてそうな奴だと思っていたのに。
なのに、何でアイツは死んでしまったのだろうか。
この大会間近の今の時期に、お前の代わりなんてなれる奴なんて存在しない。
お前以外ありえねぇんだよ。
俺様が認めたマネージャーは、女は・・・・
、お前ひとりだ。
「・・・・お前・・・また、俺様をバカにしてんのか・・・・」
いつもいつもいつもいつも
これ見よがしにいつも部員をからかって、
酷い時なんかは数人絡みで何かを企んでやがったり。
どんなに怒られたって、屈託のない笑みで謝ってはその都度ごまかす。
だったら今すぐ謝りに来い。
今なら許してやるから。
そのだらしの無い笑顔でいつもみたいに謝れば、
今回のことだって許してやる。
だから、
早く冗談だと言って謝りに来い。
「・・・・・・。」
ひとりっきりの部室に、岳人がこの前ふざけて飾った春の大会の集合写真。
壁に斜めって貼り付けられていて、今は亡きアイツの姿が写っている。
確かにこの写真を貼った時には存在していたのに、今はいない。
いつもと変わらないアイツの笑顔が写るこの写真。
なぞるその指は震えているのに、
どれだけ経っても何故か、
視界が揺らぐことは全くなかった。