君の死、僕の涙
眠れない。
怖いんだ。
君が、
俺の元から離れていく姿を見るのが。
大嫌い
ふらつく足を無理矢理動かして家を出る。
学校を休んで四日目。
今日こそはと家を出て重い足を引きずって学校を目指した。
眠れないんだ。
あの日から一度も。
怖くて、
怖くて眠れない。
夢に、君が現れるから。
眠れない。
自分ではずいぶんげっそりしたと思う頬を触ってみるけど、まだ何とかいけそうだ。
下駄箱から上履きを取り出し、履き替える。
眠いけど眠れない俺は、それだけの動作で息が上がった。
「ジロー!!」
「!」
呼ばれて振り返る。
そこには険しい顔をした跡部が立っていて、
朝練をしていたんだろう。
ジャージを羽織ってラケットを握って俺のもとへとやって来た。
「お前今まで何してやがったんだ!」
「・・・・・おはよ、跡部。何朝からピリピリしてんの?」
「ジロー!!」
できるだけいつもどおりの挨拶をしてみたれけど、どうやら跡部には通じなかったようで。
思いっきり怖い顔をして怒鳴られた。
ねえ、いつもみたいに「何はぐらかしてんだよ。」って言ってよ。
ねえ、何でそんな怒ってんの?
ねえ、何でそんな切羽詰った顔してんの?
俺、こんな跡部、嫌だ。
人の気配がして振り返る。
ちょうど登校してきたばかりの忍足が跡部に気づいて顔を上げた。
「・・・・跡部、おはようさん。ってジローやん!どうしたんやその目の下のクマ!!」
「へへ、おはよ忍足。・・・・ちょっと寝不足。」
「寝不足て・・・・・自分そんなん今までなったことなかったやろ!?大丈夫か!?」
「へーきへーき。俺今日からちゃんと部活にも出・・・・・」
「ジロー!!?」
急に力が抜けてその場に崩れ落ちる。
忍足の叫ぶ声と、跡部の声が頭の中にガンガン響いて煩かった。
眠りたくないのに。
君に、に会っちゃうから
だから眠りたくないのに。
体が勝手に俺を、
夢の中へと連れて行ってしまった。
「あーやっぱり寝てる。」
この日は曇っていて、少しだけ風が吹いている、そんな天気だった。
気持ちよくて、俺は屋上で大の字になって眠っていて、
が屋上に来たことなんてちっとも気づかなかった。
そう、これは、が死ぬ、ちょうど二日前。
「ぷぷっ、今日は顔にラクガキでもしてやりましょうか。」
そう言ってあらかじめ用意しておいた油性ペンを取り出し、キャップを開ける。
何でだろうな。
俺、自分の身の危険を感じたら目が覚めちゃうんだよね。
だからこの時も、俺は薄っすらと目を開けて俺の顔を覗き込んでいたと目が合った。
途端に引き攣るの顔。
「何で起きるのよ!」
「・・・・・・・んあ・・・だあ〜・・・・・」
「・・・・聞いてる?私の話・・・。」
ぼんやりした頭の中で、の手に持たれたマジックと表情で何をしようとしていたのかを考える。
のしそうなことだ。
すぐわかった。
「・・・・それ、冗談じゃすまないよ、。」
「すましてよ。」
「無茶言うな。」
俺の隣に正座しているは全く悪びれもない表情を浮かべていて、
俺はそんなを見ながらゆっくりと頭を掻いて体を起こした。
欠伸がひとつ、零れ落ちる。
涙目になった視界に映るは、空を見上げて何やらぼんやりとしていた。
「もうすぐ大会ですなー。」
「早いねえ、三年間。」
「引退なんてことになったら私どうしよう。何しよう。」
「勉強でもすれば?」
「ちょっとちょっとそこは引退なんかさせないよ!って言いなさいよバカ!」
は俺を叩くと、痛がる俺を見て嬉しそうに歯を見せて笑った。
負けてしまったらもうすぐ引退だ。
そうすれば三年間、共に戦ってきた俺達の青春の一ページは終わる。
何だか途端に寂しくなった。
「なあ、ー・・・」
「はーい、なーに?」
「・・・・・・・・・。」
言ってしまおうか。
言ってしまおうか。
ずっと胸の内に秘めていたこの想いを。
今、君に、ここで、
惜しげもなく言ってしまおうか。
「・・・・・あのさ・・・・・」
キョトンとしたの目を見て小さく呟く。
息を呑んで一呼吸を置いた。
二人きりのこの空間に、
邪魔なものは何もなくて・・―――――
「やっぱやめた。」
「は?」
「また大会終わったあとにでも言うよ。」
だけど俺は何も言わなかった。
今言うのには中途半端すぎて、
俺はまたの機会にすると約束した。
反対に、は全然納得いかなかったみたいで、
「そこまで言ったなら最後まで言えよ!気になるでしょ!」って俺の頭をわしゃわしゃ掻き回してきた。
アスファルトに放り出した足を見ながら俺は笑った。
いつか、
いつかこの想いを口に出して言うのだと。
決して来ることのない、その日を思いながら・・―――――――
何?
何で君はそんなに真っ赤なの?
何で、君は・・・・・
眠 っ た ま ま 動 か な い の ?
「うわぁああああああああああああああ!!!」
起き上がる。
勢いよく飛び起きたらベッドが軋んで、額に滲む汗が掛け布団の上に染みを作った。
頬は涙で濡れていて、
息は上がって上手くできない。
苦しい
苦しい
苦しい
怖い
「ジロー・・・」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
肩が上下に揺れて、返事すらできない。
ただ一点だけを見つめて、額に滲む汗がまた一滴手の甲の上に落ちた。
跡部がもう一度俺の名前を呼んで頭の上に手を置いた。
そんな目で俺を見るな。
そんな顔で俺を慰めたりすんなよ。
そんな、嘘で塗り固めた表情で・・・俺を・・・
「いい加減泣き止め。」
「・・・・ッ・・・・!!」
「いつまでもそんなんじゃお前、体もたねえぞ。」
息が苦しくて、声が出ない。
反論したいのに、声が出ない。
涙は垂れ流し状態で、次々にシーツを握り締めた手の甲の上へと落ちていく。
噛み締めた奥歯が、ギリッと音を立てた。
『また大会終わったあとにでも言うよ。』
なあ。
大会まだなんだけど。
まだ終わってねえよ?
俺のこの想いはどうすりゃいいの?
いつ、誰に、どう伝えればいいの?
の、うそつき。
「・・・・・ったら・・・んで・・・・」
「ジロー?」
跡部の眉がピクリと動く。
俺はシーツをギュウッと握り締めて涙で溢れんばかりの目を跡部に向けた。
「だったら何で跡部は泣かねえんだよ!!!」
仮面を貼り付けたみたいな顔して。
ずっと感情を押し殺した顔をして。
「一人だけ俺は何ともないですみたいな顔しちゃってさ!」
「・・・・・・。」
「そんな跡部なら俺、大嫌いだ!」
大嫌いだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
そんな跡部は嫌だ。
苦しくて、見てるだけで俺まで息ができなくなる。
顔が、歪んでまた涙が落ちる。
跡部は何も言わない。
眉間に皺を作ってただどこか遠くを見つめている。
何を、何を考えてんだよ跡部。
何を、何を思い悩んでんだよ跡部。
静まり返った保健室に、
俺と跡部はただ、
無言のまま時計の針の音にだけ耳を傾け、
止まることのない時間の流れを聞いていた。