君の死、僕の涙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を初めて見た時にあの人は笑った。

 

それはもうバカにしたように笑った。

 

だからあの人の第一印象は最悪で。

 

絶対いつか下克上してやると心に誓った一年生の頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気ない会話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煩いし馬鹿だしドジだし嫌がらせだってしてくるし。

だけど俺が一番辛かった時に笑いかけてくれた。

そんな先輩がいた。

 

 

 

 

 

「わーかーしー!」

「・・・・何の用ですか?」

「え、ちょっ、それはないよ!若が私のこと捜してたって聞いたからわざわざ来たんじゃん!」

 

 

 

 

 

ああ、そういえばそうだったな。などと思い出したらジンジン痛みだす足首を見てまた先輩に視線を戻した。

それだけでこの人にはちゃんと伝わる。

伊達にこのテニス部マネージャーをしていないってわけだ。

 

 

 

 

 

「あらら、ドジだね。捻ったの?」

「先輩にドジだけは言われたくありませんね。先輩、さっきボトル三本持ちしてひっくり返してたでしょう。」

「うっそ見てたの!?誰も見てないと思ってたのに!」

「俺も芥川さんも向日さんも鳳もみんな見てましたけど。」

「・・・・あ、そうですか。」

 

 

 

 

 

本当にこの人は馬鹿だ。

だけど何故だか憎めなくて、逆に呆れて笑ってしまう。

そうするとまたこの人も笑い出して結局何でもよくなってしまう。

本当、不思議な人だと俺は思う。

 

 

 

 

 

「で、スプレー類がひとつもないんですけど・・・この前の帰りに宍戸さんと買い出し行ったんじゃないんですか?」

「それがねー、最後の一本を岳人とジローの馬鹿二人が遊びに使っちゃって・・・簡単に言えば無くなっちゃったの!」

 

 

 

 

 

申し訳なさそうに笑う先輩からは許してやってくれと言わんばかりのオーラが漂ってくる。

先輩は口は悪いしすぐ怒るし暴力だって日々のように奮うけれど、なんだかんだ言って向日さんと芥川さんには弱い。

甘やかしとはまた違うが忍足先輩達と比べれば明らかに妥協するのが早い。

可愛い系にはやはり先輩も弱いんだなとつくづく思った。

 

 

 

 

 

「今から近くの薬局で買ってくるからちょっとそこ座って待っててよ。」

「別にもういいですよ。」

「ダーメ。足腫れたら困るのはアンタだけじゃないんだから。私に迷惑かけんじゃないわよ。」

「・・・結局自分ですか。」

「はい無駄口たたかなーい。じゃあ行ってくるから良い子で待ってなよ!」

 

 

 

 

 

俺の頭をポンと叩いて踵を翻す。

走って部室に財布を取りに行こうとした先輩の背中を見つめて、俺は気がつけば先輩の名前を呼んでいた。

振り返った先輩に、何も言うことがなかった俺は、ただいつも通り素っ気ない台詞を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く帰ってきてくださいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、不思議そうに目を瞬かせた先輩は、

すぐにいつものだらし無い笑顔を浮かべて「了解!」と叫んでまた走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何がいけなかったんですか?

 

俺は何処で何を間違ったんですか?

 

こんなことになるのなら、俺は、アンタに、買い出しなんか頼まなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩は、二度と帰ってくることはなかった。