君の死、僕の涙
レギュラー落ちした僕をここまで笑えるようにしてくれたのは君だったよね。
いつもは訳がわからない君だけど、ここぞと言う時に優しさをくれる。
ごめんね。
僕は知ってるつもりでいて、結局何も知らなかったんだ。
さり気なさ
僕だけが入ることを許されたこの場所に、今日もいつものように君はいた。
暑すぎない温かな日差しがブラインドの隙間から差し込むこの家庭科準備室。
僕だけが知っている君のひそかな指の傷の理由。
僕はラケットを握ったままドアを開けて、真剣に針と向き合っていたの肩が跳ねたのを見てクスリと笑った。
「ちょっと萩!開ける時はノックして名前を言えっていつも言ってるでしょ!」
「ふふ、ごめん。つい。」
「ついって何よついって!?」
「毎回の驚く顔が面白いからってこと。」
膨れっ面で針と闘っているの隣に腰を下ろすと、
初めてここへ来た時とは違ってずいぶんと形を成しているマスコットを手に取った。
「へえ、不器用なにしては頑張ってるじゃん。あとどれくらい?」
「あとは跡部のホクロを付けておしまい!みんなのはあそこの個々の名前が書いてある袋にラッピングして入れてあるの!」
「じゃああとは渡すだけ、か。」
確かに僕の手の中のマスコットは生意気っぽく口端を上げて笑っている跡部の顔をしていた。
ホクロはなかったけどね。
はずいぶん前からレギュラーのために必勝祈願として
の祈りを込めたレギュラーそれぞれの顔とユニホームを着たマスコットを作っていて。
本当は誰もここには入っちゃダメだったらしいんだけどレギュラーじゃない僕はそれを知らなくて、
コートから見える家庭科準備室の窓に映ったにつられてノックもなしに入ってしまったのが始まり。
初めは怒られたけど今となっては僕とだけの二人の秘密。
はマネージャーの仕事の合間を縫ってはここに来てマスコットを作っている。
僕もその頃合いを見計らって練習を抜け出してたまに縫うのを手伝ったりしていた。
「はい、おしまい!やーっと終わったよ萩ー!」
「お疲れ。コレいつ渡すの?」
「うーん、出来立てホヤホヤのうちに今日の帰りにでも渡しちゃおうか。」
「もうすぐ大会だしね。早く渡した方がいいし、そうしなよ。」
「だよね、そうする!」
にへらとだらし無い笑みを浮かべては最後の跡部マスコットを跡部の名前がマジックで書かれた袋へと入れ、
他のマスコットが入ったスーパーの袋へと放り込んだ。
片付けはまたあとで来たときにでもするんだろう。
椅子から立ち上がり、は部屋の明かりを消しに部屋の入口まで歩いて行った。
僕もあとに続くように立ち上がり、自分は貰えないマスコットが入った袋を羨ましげに見つめて入口へと向かった。
「萩。」
呼ばれて顔を上げる。
は、何か悪戯を思い浮かべた子供のように笑っていて「コート戻ろ。」とだけ言ってドアを開けた。
知らなかったんだ。
君がこのマスコットを渡す事ができなくなるなんて。
この部屋にもう君が来ることはないなんて。
袋の数がひとつ、
増えていたなんて、
僕は何も知らなかったんだ。